ボルトのいないスタジアムを想像してほしい。 ぽっかりと穴が開いたような淋しさに襲われるのだろうか。案外、普通に受け入れて、次に出てきた選手を追うのだろうか。 すべてが規格外な選手だった。 走りもパフォーマンスも生き方そのものも。 2009年ベルリン世界陸上の200mで不滅と言われた世界記録を破ったボルトのことを、仲がいい米国選手がこう呼んだ。「インセイン・ボルト」と。 インセインとは気が狂ったとか、ちょっと頭がおかしいとかそんな意味がある。この場合は、想像を超えたとか規格外という意味だったのだろう。 2008年に頂点に立ったボルトは、この10年間、疾走し続けた。鮮烈デビューを果たした2008年北京五輪では100m、200m世界新記録で2冠を達成、翌2009年ベルリン世界陸上では100m、200mで不滅の世界記録を樹立、リレーも含めて3冠を達成。ロンドン五輪、リオ五輪でも連覇を果たし、遂に自