8月6日、世界経済の成長率が一貫して失望を誘っていることに多くのエコノミストは居心地の悪さを感じている。写真は4月、ニューヨークの高層ビル群(2014年 ロイター/Carlo Allegri)
「裕福な人がより裕福になるのは、裕福な人の方が政治システムに質のいいコネを持っていて、自分たちの利益促進のためにそのコネを利用することができるからだ」──。 政治学者のフランシス・フクヤマ氏は、25年前、「ナショナル・インタレスト」という外交専門紙に「歴史の終わり?」と題する論文を書いて一躍「時の人」となった人物である。そのフクヤマ氏が、「ウォールストリート・ジャーナル」(2014年6月11日付)に寄稿した文章「民主主義は今も『歴史の終わり』」の中で、ワシントン政治の機能不全に対して深い憂慮を示している。 フクヤマ氏が問題視しているのは、自己中心的な利権集団の力が増していることである。 民主主義制度において市民が自らの利益を守るのは正当なことである。そのため米国では多くのロビー団体が組織されてきた。だが、これらの活動も過ぎれば特権になってしまう。結果の平等よりも機会の平等を強調する米国では
果たしてユーロ圏は存続できるだろうか? ギリシャの一件を受け、フランスとドイツの首脳はこう問いかけている。 もし政策立案者たちが20年前、現在彼らが知っていることを理解していたら、決して単一通貨など発足させなかっただろう。 ユーロ圏は今、崩壊がもたらす結果に対する恐怖のみでつなぎ止められている。問題は、それだけでユーロ圏を維持できるかどうかだ。筆者の考えるところ、その答えはノーだ。 これまでのところ、危機収拾の努力は失敗している。確かに、ユーロ圏の指導者たちは、民主的な正当性を求めたギリシャのヨルゴス・パパンドレウ首相の破壊的な願望は始末した。しかし、金融の逼迫はイタリアとスペインに定着している。 実質金利が約4.5%、経済成長率が1.5%(2000~07年の平均)のイタリアは、国内総生産(GDP)の4%に近いプライマリーバランス(利払い前の基礎的財政収支)の黒字を今後ずっと維持しなければ
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