1975年石川県生まれ。慶応大学経済学部卒。1999年、NTTデータに入社し、BS/CSデジタル関連の放送・通信融合の事業開発、ジョイントベンチャー設立に携わる。2001年、リクルートに転職。フリーマガジン『R25』の源流となるプロジェクトを立ち上げ、『R25』創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、05年4月にライブドアに入社し、ライブドアニュースを統括。ライブドア事件後には、執行役員メディア事業部長に就任して経営再生を担う傍ら、「BLOGOS」「MarketHack」「Techwave」などの新規メディアを立ち上げる。10年5月よりコンデナスト・デジタル社へ移り、『VOGUE』『GQ JAPAN』『WIRED』のウェブサイトとデジタルマガジンの収益化を進める。12年6月より現職。「LINE」「NAVERまとめ」「livedoorニュース」などの広告マネタイズを担う 下ネタから、青臭い
東京・汐留の電通本社2階とJR新橋駅をつなぐ通路がある。ちょっとしたイベントができるくらい広い。 そこにスーツ姿の男女が三三五五集まりだしたのは06年4月14日、金曜日の午後5時を少し回ったところだった。20代、30代、40代の男女が数人ずつ、固まってはヒソヒソ話している。花束を持つ者もいた。 警備員が「何かイベントですか」と聞いても、一様に首を振って「いいえ、別に」と言葉を濁す。赤い毛布を巻いたような太い筒を抱えた屈強な男は、警備員の目を避けるようにして立っていた。 5時半を回り、電通社内に退社の挨拶を終えた柴田明彦は、本社1階から新橋駅に向かうべくエスカレーターに乗った。彼は社内の気配から、苦楽を共にした後輩たちが何か企んでいるらしいと、感づいてはいた。 2階でエスカレーターを降りた途端、彼の足が止まった。その数400人は優にいたろうか。一斉に拍手が起こったからだ。 「花は桜木、男は柴
インタラクティブコンテンツの旗手として言わずと知れたバスキュール。次々と“ワクワクする仕掛け”を世に送り出している彼らは、どのようにしてそのコンテンツを生み出しているのか。バスキュールが考える“インタラクティブ”とは何なのか。その核心に迫った。 次世代メディア・コンテンツの形式として「テレビとネットの融合」が叫ばれて久しい。しかし、そこからワクワクするようなコミュニケーションや体験は果たして生まれているだろうか。たとえば、ユーザーのつぶやきが番組の画面上に表示される。クイズやアンケートにリアルタイムで答える。番組で紹介された商品をその場で購入する。出来てもこれくらいのもの。 そういった中で“ユーザーが参加して一緒にミュージックビデオをつくる”という体験型の番組が話題を呼んだ。それが2012年3月に放送された『MAKE TV』(TBS)である。ユーザーはソニーが提供するAndroidアプリ『
中村洋基さんに聞く(前編)はこちら 中村洋基 プロフィール: 早稲田大学第一文学部在学中からフリーのWebデザイナー・エンジニアを経て、2002年に電通へ。 当初は、斬新なアプローチのバナー広告を次々と発表していたが、やがてキャンペーン全体を手がけるようになる。Web技術から広告アイデアを企画するテクニカル ディレクターとして活躍。2011年4月より、株式会社パーティー クリエイティブ ディレクター。カンヌ国際広告祭金賞、One Show Interactive金賞、ロンドン広告賞グランプリ、AdFest Cyber/Innovaグランプリ、D&ADなど、内外200以上の広告賞を受賞、審査員歴多数。共著書に『Webデザインの「プロだから考えること」』がある。 (前編)からの続きです。 広告という装置を使って、「いいなあ」と思うことを共有したい。 中村:並河さんが言う「ソーシャルデザイン」に
林潤一郎(オレンジ・アンド・パートナーズ/2005年宣伝会議コピーライター養成講座総合コース、2006年同上級コース、同専門コース〔山本高史クラス〕修了) よく考えないプランナーの日常について書いてみようと思います。僕がそもそもプランナーという職種を選んだ理由はいたってシンプル。「コピーライター出身の人間が仕事の幅を広げやすい仕事」というイメージがあったからです。 僕はアーティストのような特別なセンスなど持ち合わせていません。憧れのクリエイティブディレクターを目指そうとしても、そう簡単にはいかないと思っていました。グラフィックも、ムービーも、フォトも、普通の人と同じか、あるいはそれ以下の知識でしたから。20代でその道のスキルを磨いてきた人においそれと勝てるレベルじゃありません。30歳を機に自分が何でいちばんになれるのかを考えたのは、いま思えば良いことだったと思います。 話がすぐに脇道へ・・
3年前のある日、まだ電通にいた、中村洋基さんから、電話がかかってきました。 中村洋基さんと僕は、面識はありませんでしたが、僕が手がけていた、トイレットペーパーの売り上げの一部で東ティモールにトイレをつくる「nepia 千のトイレプロジェクト」のことを知り、話しに来てくれたのです。その頃の僕はまだ、社会貢献と広告を融合しようとする試みの、暗中模索のまっただ中。(今もそうですが)当時、中村洋基さんは、すでにWeb広告の世界でたくさんの賞を獲っていて、そういう人が、「社会をよくする」ということに対して関心を持っているということが、内心とてもうれしかったのを覚えています。 それからしばらくして、僕は、中村洋基さんに、「電通の未来を探るために、電通にいるみんなが望む夢を可視化する」という自主プロジェクトをはじめようと声をかけました。このプロジェクトは、中村洋基さんが電通をやめてPARTYを立ち上げ、
St John's Wood London ハッタスリー卿はイギリス政界の要人かつ重鎮で、 すぐれたジャーナリストでもありました。 15年連れ添った雑種のバスターをなくしたときは 「人生最悪の日」だったそうです。 彼がデイリーメールに寄稿した記事は胸をうちます。 犬が死ぬということはおそらく日常のささいなことであろうに、 私はその大きな喪失感に耐えられず、身の置き場がなくなってしまう。 私の元へ全速力で駆けてくるときの首輪のタグのちりんちりんという音。 風呂に入れた後の濡れた犬の匂い。 30秒で食べる朝ごはんのボウルのかちゃかちゃいう音。 私のシャワーが少し長くなったとき、突然ぬっと入ってくる姿。 タオルをとろうと手をのばし、 思いがけず彼の顔に水滴がかかった時の恨みがましい顔。 雨そぶるピーク・ディストリクトへ彼に催促され出かけた時のひどい寒さ。 彼のいびきで夜中に眼が覚めたり、 出かけ
「」の著者であり、では「」として超有名なあの氏が「」というタイトルで講演をで行いました。 中村樹之(以下、中):以下 皆さんこんにちは。本日は大ベストセラー「もしドラ」を書いた岩崎夏海様にお越し頂いております。 このアジェンダに沿ってお話しを伺いたいと考えています。「もしドラ」をエンターテイメントに落とし込んだ手法、270万部に到達したコンテンツを作り上げた戦略、実際にゲーム業界に関わっている皆様へのメッセージとして「ゲームを作るのにゲームはやらなくてもいい」という気になるキーワード、「概念から理解しなければならない」などから話しを広げていければと思います。それでは本題に入りたいと思います。よろしくお願いします。まず、もしドラをエンターに落とし込んだ手法、ドラッカーの「マネジメント」という堅い題材をどうやってエンターテイメントに押し上げたのか、というところを簡単にお話し頂ければと思います。
職場を活性化しよう、社員にクリエイティブな働き方をしてもらおう、と考える会社が増えています。たしかに変化の激しい時代だから、社員一人ひとりにアイデアを持って働いてもらわないと会社は生き残れない。しかし、狙いどおりの成果を出せているケースは多くありません。 その理由は「働き方=生き方そのもの」だから。職場のルールをいくら工夫しても、社員の生き方が本質的に変わらなければ、彼らの「働き方」は何も変わらないのです。 「勤め先を辞めれば、今の生活がダメになってしまう」──社員がそう考えている限り、会社にイノベーションを起こすような発想は出てこないでしょう。 社員を会社のしがらみから解放する 高度成長期以降、私たちは地域のしがらみを捨てて、自立した生活を手にしました。しかし、地域から逃れられた代わりに、会社に縛られてしまった。勤め先からの安定した収入があってこそ、「自立した生活」が続けられる。近年、雇
「どこか遠くに行きたい……」そう思わずつぶやいてしまう時もありますが、広大な大地や美しい海、ラグジュアリーな空間などの映像が次々に繰り出され、旅行欲がうっかり刺激されてしまいそうな、オーストラリアの見どころを90秒にまとめたムービーが公開されました。 Tourism Australia 渓谷、海、大地など、オーストラリアには広大な自然が広がっています。 熱帯雨林を散策している二人。 耳をすますと木々のざわめきが聞こえてきます。 ホテルのプールサイドにはドリンクを持ったウエイトレスが。 遊び疲れたらプールに浮かんでのんびりしてみたり、 エステで体を癒やすこともできます。 ものすごい所で癒やされていました。のそのそとウォンバットが横切っています。 オーストラリアはグレート・バリア・リーフなどのサンゴ礁地帯やパースといったビーチなど、海も美しい所です。 船から身を乗り出すようにして女性が見ている
フィンランド政府観光局によると、2011年11月から2012年3月の日本人宿泊数は、前期比35.5%増の7万9230泊となった。同局によると、「11年に一度のオーロラベストイヤー」の口コミが増加の最大の要因だという。国別外国人宿泊数の比較でも、前期は11位だったが、今期はロシア、スウェーデン、ドイツなどの近隣諸国についで第7位と10以内にランクインした。 デスティネーション別で見ると、ヘルシンキが14.6%増の2万3682泊、次いでイナリとウツヨキが62.5%増の1万9712泊、サーリセルカが61.2%増の1万9189泊となった。フィンランド政府観光局日本代表の能登重好氏によると、サーリセルカの人気が高まるにつれて人が増え、明かりが多くなったため、暗い空を求めてイナリへ送客する旅行会社も出てきたという。 また、最も増加率が大きかったのはキッティラで284%増の4095泊。パノラマホテルなど
現在の場所:ホーム / News / ソーシャル広告世界最先端 mixi Xmas、NikeiDを成功させたバスキュールが見る未来の広告とは【湯川】 [読了時間:5分] 2010年代、広告・マーケティングが激変するー。 FacebookのPaul Adams氏はそう予測する。2010年代の10年間は、上から下への情報の一方通行ではなく、横同士の双方向の情報の流れの中での、広告、マーケティング施策がいろいろと編み出される10年間になるのだという。ソーシャル広告が花開く時代になるというわけだ。(関連記事:インフルエンサーより「仲のいい少人数グループ重視」の時代へ 書評「Grouped」【湯川】) ソーシャル広告という言葉は比較的新しい言葉。なのでいろいろな定義で使われることがあるが、シリコンバレーでは次のような定義が定着しつつあるように思う。それは「親しい友人たちの輪の中に広告メッセージを投下
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