この「有機化学美術館」のトップを飾るのに最もふさわしい分子といえば、C60ことバックミンスターフラーレンをおいて他にないでしょう。炭素原子60個がサッカーボール型に集まって出来上がった、奇跡のように美しい分子です。そのユニークな形と性質から、多くのジャンルの科学者の関心を引きつけ続けている化合物ですが、そもそもの発見は全くの偶然によるものでした。 C60は1985年、Kroto、Smalley、Curlらの英米混成チームによって発見された化合物です。「炭素クラスター」と呼ばれる、宇宙空間だけで存在できる特殊な分子がもともとの彼らの研究テーマでした。彼らは地上でこれを再現すべく、真空状態でグラファイト(炭素が蜂の巣状に集まったもの、下図)にレーザービームを当てて蒸発させるという実験を行っていました。レーザーのエネルギーによってグラファイトは炭素数個から数十個の断片(クラスター)に砕け散るので