Marthe Robert「As Lonely As Franz Kafka」 カフカ論。 チェコ在住のユダヤ人が、ドイツ語で小説をかく。フランツ・カフカはチェコ人ではなかったから、近隣各国に蹂躙されていた当時のチェコに対する思いは、チェコ人たちほどには彼の心を占めない。また、彼はドイツに在住したのではないから、ドイツ語の言語構造に身を委ねることもない。しかも、ユダヤ人の同朋たちのシオニズムに同調することもできずにいて、終には彼の地に足を踏み入れることもない。どの集団へも帰属することができずにいて、彼を捉え、律してくれる法はどこにもない。 「……<かのように>(あたかもユダヤ人でないかのように生きる、あるいは、あたかもドイツ人であり、キリスト教徒であるかのように生きる。)というそのころの彼の暗黙の生活信条のゆえに、カフカは、実際あらゆる方面で羞恥心と罪の意識をいだく。キリスト教徒に対して、
再追記 3月24日早朝 民法がまったく関係ないという判断は取り下げます。 民法を機械的に適用し、児童の教育権を剥奪することは法的にも不適当だという判断は変えませんので、論旨を全体としては訂正しません。 予告追記 11日12:00すぎ apjがこちらの言論への直接の応答を避けたばかりか、低レベルのスリカエ・誤魔化しに終始したことを言っているので、追撃することを予告する。 ちょい忙しいけど、できれば一両日中にあげるつもりですにゃ。 以下、追記前 子どもを守らないものは大人とはいわない(追記アリ - 地下生活者の手遊びの追記でも触れたけれど、apjのブログ http://www.cml-office.org/archive/1236366816289.htmlのコメ欄で議論をしていますにゃ。 で、 言っていることがあまりにもなんなので、リファレンス性などを考慮してこちらで反論することにしますにゃ
■思い出話 http://www.mojimoji.org/blog/0159 「バカ」を「シオニスト」に、「疑似科学」を「シオニズム」に置き換える。 mojimojiさんの目指そうとしている方向性については敬意を表したいと思っていますが、その議論は危うすぎると思います。「バカであるがゆえにわが子を傷つけてしまう母親の悲劇」*1を下敷きとして書かれた「十字軍はバカに勝てるか」を、現実に今、圧倒的な暴力によってパレスチナの人々を虐殺し続けている「シオニズム」にたいする論考として読むのは、少なくともそのままでは無理がありすぎると思います。たとえば、ガザ虐殺を「シオニズム(イデオロギー)であるがゆえに、パレスチナ人を虐殺してしまうイスラエル人の悲劇」という読み替えは可能でしょうか。議論としては可能であるにしても、こうした言明そのものは、現実にあるイスラエルとパレスチナにたいする圧倒的な非対称性を
先日、島根県の公立高校で「学費滞納が生じた生徒には卒業証書を渡さない」という告知がなされたという件について、県教委が高校の判断を問題としたという報道がされたことに関連して、国籍法改正関連で醜態をさらしたかのapjセンセイがまたもおかしなことをいっている*1という話ですにゃー。 以下は関連エントリ。 http://www.cml-office.org/archive/1235922929284.html PSJ渋谷研究所X: 「親がアホ」のツケは子どもに回って当然なのか【追記あり】 ※コメ欄も http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20090304/p1 高校生は児童である まず、リンク先をみてくださいにゃ。外務省の作ったものですにゃ。 児童の定義 成人とは満20歳以上のものをいう、というのは当然にゃんね。法律主体としては原則20歳以上ですからにゃ。 労働基準法や自衛
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