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ブックマーク / benli.cocolog-nifty.com (162)

  • 個別事件で死刑廃止論を訴えるのはリスクが大きすぎる - la_causette

    「名前」欄に「異議あり」としか書き込めなかった気弱な方から、「懲戒申立てはリスクのある行為」というエントリーに対して、次のような質問をいただきました。 あなたに証明できますかね?弁護士軍団が、「死刑廃止論を裁判に持ち込んでない」とか「裁判を遅らせていない」って事をさ。100%証明できます??100%無理ですよねぇ。 「100%証明」というのが何を示すのかわからないのですが、合理的に考えれば次のようなことが言えます。 死刑廃止論をこの光市母子殺害事件に持ち込むのであれば、「死刑制度がある以上死刑を科すことを裁判所が回避できない」場合でなければなりません。なぜなら、法定刑に死刑が含まる罪を犯したと認定されなかった場合はもちろん、法定刑に死刑が含まれる罪を犯したと認定された場合であっても、被告人に汲むべき情状も多々あり死刑を科すのは必ずしも適切ではないということであれば、裁判所としては、死刑制度

    個別事件で死刑廃止論を訴えるのはリスクが大きすぎる - la_causette
    REV
    REV 2007/06/24
    ほぼ全ての人間にとって、現行の裁判制度は、戦前、江戸時代の裁判制度よりw 良く適応していると思うんだけど。
  • コメント欄におけるネガティブコメントの正当性の基準 - la_causette

    ブログのコメント欄におけるネガティブコメントが「正当な批判」でなくなるのはどういうときでしょうか。 そのこととの関係で思い出すのは、私が司法修習生だったときに司法研修所の大講堂で聴いた平井宜雄先生の「良い法律論」についての講演です。要旨を一言で言ってしまうと、「反論可能性のある議論が良い議論だ」ということになります。逆にいうと、「反論可能性を与えない議論は悪い議論だ」ということになります。講演では、どのような法律論が反論可能性を欠く法律論なのかを具体論を交えて説明してくださった記憶があります。 ブログのコメント欄におけるネガティブコメントが「正当な批判」の範囲にとどまっているかを考えるにあたっても、この「反論可能性」という考え方は参考になるような気がします。但し、「反論が可能か否か」を考えるにあたっては、論理的に反論が可能かだけではなく、物理的または心理的に反論が可能かということを考えない

    コメント欄におけるネガティブコメントの正当性の基準 - la_causette
    REV
    REV 2007/06/24
    ほんのり賛成
  • 必然的に生ずるミスのリカバリーを従業員に無給で行わせるの? - la_causette

    木村剛さんが次のようなことを仰っています。 当にお願いだから、社会保険庁の方々には、「何も新しいことをしなくて結構です」と言いたい。頼みから、派遣社員のコストを保険料から払わないでもらいたい。ビラの作成費用も保険料から出さないでもらいたい。万が一にも、そんなことはしないと信じているが、今回の対応のための残業代なんて絶対に払わないでもらいたい。 つまり、木村さんは、社保庁に対し、労働基準法を無視した「サービス残業」を職員に強いるべきだといいたいようです。 今回の問題は、入力を担当した末端労働者の質の問題というより、入力ミスをチェックするシステムを組み込まなかったシステム設計者側の問題だし(入力作業担当者がしっかりしていれば膨大な量の単純データの入力がミスなく入力されるというのは現実離れした仮定だし、人名に読み仮名を振る場合にこれを入力担当者の知識に委ねるというのは、漢字とよみが1対1対応し

    必然的に生ずるミスのリカバリーを従業員に無給で行わせるの? - la_causette
    REV
    REV 2007/06/24
    客がツケを払わないと、社員が肩代わりするような職種なのでしょうか。
  • 「英語圏のネット世界」とはかけ離れた場所の提供者からの苦言について - la_causette

    梅田望夫さんがそのエントリーの中で次のように述べておられます。 こんなことはグローバリゼーションという文脈で、多くの人がすでに語っていることだけれど、「英語圏のネット世界」は、それが当にカジュアルに自然に具現化されようとしている世界だ。「日人・イコール・日語圏・イコール・ネット上の日語圏」の世界にいるだけだと、こればっかりはなかなか実感できないかもしれない。頭でわかってもね。 「次の十年」、いまの大学生が三十代に入る頃、さらに加速した変化が「仕事をめぐる世界」「職業をめぐる世界」に起きているだろう。いまは「そういう時代なんだ」ということを認識して「緊張感を持って生きる」ってどういうことかを考えてほしいな。 しかし、はてなが提供する、匿名の陰に隠れてだらだらと人の悪口を述べるのに便利な各種サービスに漬かっていると、「英語圏のネット世界」での「グローバルな競争」からは最も遠いところにお

    「英語圏のネット世界」とはかけ離れた場所の提供者からの苦言について - la_causette
    REV
    REV 2007/06/19
    よくわかんないけど、はてブで2byte文字を通さなければいいのかな。karikarimofmof.
  • 「罵倒されることは幸福なことだからはてなは罵倒対策しなくてよいよね」ってことでしょうか? - la_causette

    梅田望夫さんは、そのエントリーの中で次のように述べています。 たとえば小林秀雄や司馬遼太郎といった故人の作品を読み返すとき、彼らはネット上に溢れる無数の読者の「作品に対する感想や批判(ときには罵倒)」を読む機会を得なかったんだなあと思い、現代に生きる幸福を痛感する。 おそらく、梅田さんの目には、亀田興毅の世界タイトルマッチを見て感動したとブログで書いたことにより見ず知らずの人の心を(憎悪の方向で)動かし、アスリート失格云々と自分を執拗に罵るにまだ至らしめたことを知った上村愛子さんはとても幸福に見えるのでしょう。「批判からもたくさんのことを学ぶことができる」?あの件で上村愛子さんに「批判」から何を学べというのでしょう?採点競技における採点がしばしば端からは不可解に映ることなんて、同じく半分は採点競技であるモーグルの日本代表である上村さんが知らないわけないじゃないですか。だからといって、八百長

    「罵倒されることは幸福なことだからはてなは罵倒対策しなくてよいよね」ってことでしょうか? - la_causette
    REV
    REV 2007/06/16
    次は、NTTと郵政公社(元)に、罵倒と犯罪対策をお勧めしてください。
  • 嫌がらせに強い人だけしか残らないのでは面白くない - la_causette

    小飼さんからトラックバックをいただきました。 blogの定期購読者ならお分かりの通り、私は梅田望夫をblogosphereでもっともどついてきた一人でもある。そして彼がそれを「痛感」していることも知っている。そして私は、彼がそれで倒れないことも知っている。 もちろん、匿名さんたちからの執拗な誹謗中傷に強い人もいます。しかし、そういう特殊な人の言論しかブログでは読むことができない、とすればそれはマイナスです。だって、世の中には、小飼さんや梅田さんや私や池田さんより優秀な人たちがいて、その人たちがその知見を無償で公開し、質疑に応ずることをやぶさかではないと思っていたとしても、その人が執拗な誹謗中傷に強くない普通の人だと、それをブログでは読めないのですから。私は、小飼さんのブログも楽しみにしていますが、もっとすごいブログも読みたいのです。 また、muffdivingさんは、次のように仰っていま

    嫌がらせに強い人だけしか残らないのでは面白くない - la_causette
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    REV 2007/06/15
    「それは個人間の問題だから第三者が介入すべき問題ではない。本人が反撃すべき」という人は一杯いるよ
  • 「コメント欄を閉じればいい」のか? - la_causette

    前回のエントリについて、「コメント欄を閉じればいいではないか」という趣旨のコメントがありました。 ただ、コメント欄等で執拗な誹謗中傷を受けたブログ主が、「コメント欄を閉じれば誹謗中傷コメントを見ずに済むから、ブログの更新を継続しよう」と考えてくれるとは限りません。質の高いエントリーを継続的に投稿できる専門家の多くは、紙媒体等にもコラム等を執筆する機会があり、そこまでしてブログを更新する必要性を欠くからです。 また、仮にそのブログ主がコメント欄を閉じるにとどめブログの更新は継続することにしたとしても、これにより読者とブログ主との間の交流は大いに制約されることになります。 コメント欄で匿名の陰に隠れてブログ主を誹謗中傷したり個人攻撃を行ったりする自由を容認することに、上記のような副作用を超える価値を見いだすことができるのかというと、少なくとも情報源としての価値についていえばそのような価値はあり

    「コメント欄を閉じればいい」のか? - la_causette
    REV
    REV 2007/06/13
    コメント閉じているけど、ネット交流を楽しんでいます。もちろん、珍しい例かもしれません。良く考えればBlogツール以前は交流って無かったのかな。
  • 固定ハンドルの抑止力 - la_causette

    m_um_uさんからコメントの投稿をいただきました。ただ、このブログは1日に何アクセスをしては不毛なネガティブコメントを投稿し、挙げ句の果てにはどれがなりすまし発言かを具体的に特定することなく「なりすまし発言をされたからお前が探して削除せよ」とか言い出す方々に久しく粘着されてコメント欄の管理に時間を取られましたので、素性のわかっている方以外のコメントは反映させないことにしています(あの種の方々のコメントって、いくら誠実にお答えしてもきりがないですし、そのために時間を費やしても議論のブラッシュアップに全然繋がらないのですもの。実名系ブロガーのコメント欄への粘着君って、「著名人や社会的地位の高い人物に上から目線で文句を付けている自分」に酔っているだけという側面が多分にありますし。)。トラックバックは原則受け付けていますので、そちらを利用して頂ければ幸いです。 その上で言及すると、現実社会での人

    固定ハンドルの抑止力 - la_causette
    REV
    REV 2007/03/15
  • ふざけたハンドル名を名乗る理由 - la_causette

    「匿名の陰に隠れて特定の人を執拗に攻撃することは卑怯ではない」云々という、まともに社会生活を送っている人間には到底受け入れがたい見解に屈服させようと執拗にい下がる方々はおられるようですが、弁護士として真摯に問題と向き合おうと思うと、如何に嫌がらせを受けることになろうとも、人間として譲れない一線は譲ってはいけないということになります。 相変わらず小倉さんの文章は刺激的です。 小倉さんを攻撃しようとか、陥れようとか、貶めようとか、からかおうとか、そんなことを思って、このブログにコメントしている人はいないと思います。 小倉さんは弁護士です。弁護士の方の発言は社会的にも影響力があるというのは、一般的な認識です。小倉さんがどう思われようとです。 ところが、そういった社会に対する影響力をお持ちの小倉さんの発言に、間違いではないかと思われる点が散見されます。 ここでコメントしているみなさんは、そういっ

    ふざけたハンドル名を名乗る理由 - la_causette
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    REV 2007/02/24
  • 犯罪の温床となってしまった場の提供者 - la_causette

    また、匿名だと居丈高なコメントを投稿できる方々が元気にコメント欄にコメントを投稿されているようです。 ただ、現実にあまたの犯罪の温床となっている場所を提供している人や企業が、その場で行われる犯罪の数を少なくするための複数の方策を、互いに矛盾しあるいは効果を打ち消し合わない限り、同時並行的に講ずるというのは、そんなに無理な話ではないので、ある手段が対策としてある程度有効であるということは、他の対策を講じなくともよいということには繋がりません。 十分な理性を発達させられないままに、「ネットで匿名の陰に隠れて誹謗中傷を行ったり、執拗にネガティブコメントを投稿し続けたり、根拠薄弱なデマを流したりすれば、法的な責任を負うどころか、そういうことを行う人間として周囲から後ろ指を指される心配もなく、他人の権利を侵害しまたは他人に結えなく不快感を与えることができ、うまくすれば他人の権利を妨げまたは義務なきこ

    犯罪の温床となってしまった場の提供者 - la_causette
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    REV 2007/02/13
  • 一人の少女を不幸から救い出す手助けができるのであれば、過去の言動との整合性などどうでもよいではないか - la_causette

    音羽さんの件でもそうだし、松永さんの件でもそうなのですが、匿名の陰に隠れないと言いたいことも言えない人たちは、どうも他人の過去にこだわりすぎなのではないかと思えてなりません。「誰が言ったかは重要ではない。内容が重要なのだ」というのならば、それを語った人の過去の発言やら過去の行動などというものを重視するのはおかしいと言うことになります。さらにいうならば、その人が同時並行的に別の場所で語っていることすらその発言を評価する上での要素に加えることはおかしいとすら言えます。 私たちは、人間らしく生きていこうとすれば、言動の一貫性にそれほど拘ってなどいられません。私たちは、誤りも犯すし、成長もする。抽象的な理念を犠牲にしても実現を目指さなければならない現実だってある。現実社会の中で、現実社会をよりよくしていくために具体的に活動しようと思えば、君子豹変しなければならないのです。 翻って、ネット上で他人の

    一人の少女を不幸から救い出す手助けができるのであれば、過去の言動との整合性などどうでもよいではないか - la_causette
    REV
    REV 2006/11/29
    そうそう。美しい国づくりの手助けができるのであれば、過去の言動との整合性などどうでもよいではないか
  • 音羽さん、おめでとう - la_causette

    遅ればせながら、 音羽さん、オーマイニュースの市民記者賞受賞、おめでとう! 音羽さんの受賞に対してあれこれ文句を付けている人々もいるようですが、コメント欄や2ちゃんねるでの悪口雑言にもめげることなく、信を貫き通したのだから、市民記者として高く評価されて当然です。さすがに、鳥越さんは見るべきところを見ていたというべきでしょう。 実際、音羽さんの受賞記事と、音羽さんに文句を付けているコメントや外部ブログのエントリー等をプリントアウトして普通の人に見せたら、音羽さんの記事の方を真っ当だという人の方が圧倒的に多いのではないかと思うのです。「匿名でなければ語れない」ような悪意むき出しのコメントなんて、悪意を共有している人以外には醜悪にしか映らないですから、「そんなくだらないコメントのお相手をいちいちしないこと」についてはマイナスに評価されることってそうそうないのです。

    音羽さん、おめでとう - la_causette
  • 「スルー力」を被害者に要求することの残酷さ - la_causette

    匿名の卑怯者さんたちの執拗な攻撃を受けている側に「スルー力」を求める人々って、結局残酷ですね。被害者からの相談を実際に受ける立場の人間からすると、とても血の通った人間の言葉とも思えなかったりします。 といいますか、そんなことが罷り通っているのは、さすがに我が国ではネット関連でしかありません。もちろん、特に保守を通り越して反動になってしまっている方々の中には、学校でのいじめ問題に関していじめられっ子に耐えることを求める向きも無いわけではないのですが、そういう方々というのは、いじめ問題を議論している最中にひたすら「日教組が悪い」と言い続ける方々の次くらいに怪訝そうな目で見られてしまうのが関の山ですし、学校の運営者が「被害者がスルーすればいい話だから、学校としてはいじめの事実を知っても何らの対処をする気もない」なんてことを言ってしまえば大問題になるし、「いじめにあった生徒に向けられた大量の攻撃的

    「スルー力」を被害者に要求することの残酷さ - la_causette
  • la_causette 2種類の強さ

    記事を投稿した市民記者の揚げ足を取ったり、人格攻撃をしたり、イデオロギー的にレッテル貼りをしたりするだけのオピニオン会員というのは、オーマイニュースのような市民ジャーナリズムにとっては、マイナス要素の大きな存在です。なぜならば、オピニオン会員による揚げ足取りや人格攻撃、レッテル貼り等に市民記者が嫌気がさして新規の記事の投稿を躊躇するようになると、市民ジャーナリズムは成立しなくなるからです。 もちろん、数少ない新規記事に対して多数のオピニオン会員が従来にもまして執拗に揚げ足を取ったり、人格攻撃をしたり、レッテル貼りを繰り返したりするようになれば、アクセス数は従前の水準を維持できるかも知れませんし、ひょっとしたらアクセス数が向上するかも知れません。しかし、そういう陰湿な言論の場にまともな企業は広告を出そうとは思わないでしょうから、広告収入を基軸とするオーマイニュースとしてはそれは選択しにくいよ

    la_causette 2種類の強さ
    REV
    REV 2006/11/27
    ???????
  • ポジティブ思考と実名・匿名問題 - la_causette

    ネット上での表現が自分のアイデンティティと結びついたときに自己の外部的評価が上昇することを期待するか、下落することを怖れるかというのは、多分に思考のポジティブ度が影響しているのでしょう。だから、ポジティブ思考する人が多い米国のブロガーは実名ブロガーが多く、ネガティブ思考する人が多い日のブロガーは匿名ブロガーが多いってことなのではないかという気がします。 もちろん、英語圏のブログを見ていても、意図的に特定の他人や人種・民族等を不穏当な表現で批判したりデマを流布したりする人々は匿名を用いている例が多いようですが、そういう表現は、さしものポジティブ思考な米国人ですら、自分のアイデンティティと結びついたときに自分の外部的評価が下落すると思うのでしょう。しかし、他者を貶めることを目的とした表現以外の表現活動についていえば、それが自分のアイデンティティと結びついたときに起こる自分の外部的評価の変動に

    ポジティブ思考と実名・匿名問題 - la_causette
    REV
    REV 2006/11/27
  • 声の大きな「悪」に寛大さを示し「人気者」でいたい人たち - la_causette

    一般に、学校ではいじめる側の方がいじめられる側よりも声が大きいですから、「クラスで人気者」になりたい教師は、いじめに対して寛大な態度を示そう、あるいは、自分もいじめに荷担しようという欲求に駆り立てられるのでしょう。もちろん、それは教師の取るべき態度としては間違っているのであって、たとえクラス内でノイジーな生徒からブーイングを浴びようとも、いじめる側に対して毅然とした態度をとるべきです。 それは、ネット上での誹謗中傷についても同様です。ネット上では匿名で執拗に個人攻撃している側の方が執拗に個人攻撃されている側よりも声が大きいですから、「ネットで人気者」になりたいインテリたちは、この巣の個人攻撃に対し寛大な態度を示そう、あるいは、自分も個人攻撃に荷担しようという欲求に駆り立てられる傾向があるように思います。もちろん、それは間違っているのであって、たとえネット上でのノイジーな人々からブーイングを

    声の大きな「悪」に寛大さを示し「人気者」でいたい人たち - la_causette
  • ブログ事業者がなすべき事前説明 - la_causette

    ネットイナゴさんや粘着君からブログ主を守る気がさらさらないブログ事業者は、入会登録時に、「当社のブログサービスを利用してブログを開設した場合、匿名の者による悪意のコメントに継続反復的に晒され、ときには精神的に傷つけられて社会との交流を断ったり自殺に追い込まれることもありますことを予めご承知おき下さい。当社のサービスにおいては、利用者が「匿名でなければいえない」ような誹謗中傷が多数浴びせかけられますように、悪意のコメント投稿者の匿名性を手厚く保障することとしております。匿名の者の執拗な誹謗中傷コメントにより精神的な苦痛を味わいたくない方は、当社のブログサービスのご利用をご遠慮下さいますようお願いいたします。」くらいの注意書きを大きめのフォントで表示した上で、「あなたは、匿名の者による執拗な誹謗中傷を受けて精神的な苦痛を味わいたいですか? Yes/no」というダイヤログで「Yes」ボタンをクリ

    ブログ事業者がなすべき事前説明 - la_causette
    REV
    REV 2006/10/29
    そのうち、ケイタイ買うときに、詐欺に出会い系にパケ死に…と長い説明を。はっ。免許制にすればいいのか。
  • 若者に「命をささげ」させる前に - la_causette

    「いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があること」を他人に要求する方々が最近お元気ですね。 こういう方々は、その他人が「祖国のために命をささげる」べき「いざというとき」として、どのような場面を主として想定しているのでしょうか。「ひとつは芸術や文学など幅広い教養を身に付けて大局観で物事を判断することができる」1万人もの「真のエリート」が「祖国のために命を捧げ」なければ国民生活の安寧を保てない事態というのは、そうそう想定できるものではありません。また、1万人の「真のエリート」に「祖国のために命をささげ」させることにより解決できる問題というのもそうそう想定しがたかったりします。 むしろ、日が現在おかれている困難の多くが多分に経済的なものであることを考えると、「命をささげる」より「財産をささげ」てくれた方がよほど役に立つのであり、したがって、若者に対して「いざというときに祖国のために命を

    若者に「命をささげ」させる前に - la_causette
    REV
    REV 2006/09/11
  • benli: さきがけ事件・続報

    さきがけ事件については、特にSlashdot日版でさかんに取り上げて頂きました。あの弾さんにも取り上げて頂きました。 まあ、誤解と思われる点もありましたので、ゲームラボでの連載コラムで、この件を取り上げることにしました(編集長から突き返されない限り)。 問題の根幹はプログラムの保護を著作権法で行うこととした点にあるのであって、現行法の枠内で問題の解決を図る法律実務家が非難されるのは筋違いだとは思います。 もっとも、どのような要件を具備したプログラムについて、どのような内容の独占権を付与することが、コンピュータ文化の発展に最もよく繋がるのかということに関して、コンピュータ業界の方々の中でおよそのコンセンサスも得られていない状態では、「プログラマーの常識に合致したプログラム保護立法」を行おうにも行いようがないわけで、そういう意味では、法律実務家の無理解を嘆いたり蔑んだりする前に、プログラマー

    REV
    REV 2006/08/31
  • ネット上での「愛国者」さんたちの行動パターンを自分の子供に見習ってほしい? - la_causette

    REV
    REV 2006/08/17