1982年7月*日、ぼくは久我山に住む友人のマンション宅で、数人の大学生や専門学校生たちと、これから撮影に入る自主映画の打ち合わせをしていた。狭い一室に朝から何人もの男女が出入りしていて、顔見知りも何人かいたものの、ほとんどは当日初めて会う仲間たちだった。 台本のチェックする者あり、ロケ先の手配をする者あり、雑然とした雰囲気の中、昼近くになって誰かが不意に「今日は村上春樹の載っている『群像』が出る日だよな」と声を挙げる。それじゃ買いに行って来るよ、と入口近くのフローリングに座り込んでいた一人が部屋を出て行ったが、しばらくして帰ってくると、「だめだ、どこの本屋も売り切れだった」と告げた。 デビュー作『風の歌を聴け』から3年、村上春樹初の本格長編となる『羊をめぐる冒険』全文を一挙掲載した文芸雑誌『群像』1982年8月号は、発売当日、瞬く間に全国の書店で売り切れたという。上梓する新作が、フライド