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2019年12月20日のブックマーク (4件)

  • かめはめ波を出せていた

    小学生の時。確かにかめはめ波を出せていた。手のひらには妄想エネルギーが集まり、私はそれを自分が作り出したんだと信じて架空の敵に打ち込んでいた。 35歳になった今、私が出せるのは愚痴とゲロと精子とウンコ位。 久しぶりに気でかめはめ波をしてみたが、大声が室内に響き渡り、大家が来て「大丈夫かい?」と煮物をくれた。

    かめはめ波を出せていた
    akanama
    akanama 2019/12/20
    それもう出たようなもんだろ。
  • 「その話は前にも聞いた」って言えない

    いつも「その話は前にも聞いたよ」と言うかどうか悩む。 私はいつも、さも初めて聞いたかのように振る舞って驚いたり笑ったりの演技をしてしまう。 でも、話してる側が既出の話であると思い出したら恥ずかしい思いをするんじゃないかとも思うし、 もしやわざと同じ話をすることでちゃんと聞いているか試してるんじゃ?と思うことすらある。 がよく同じ話をする。 結婚式場の配膳スタッフのパートをしていて、私によく仕事の話をする。 「こんな挨拶があってもらい泣きした」 「こんな余興があって面白かった」 普通なら見ることのできない他人の結婚式の話は面白く、いつも楽しく聞いていた。 はもともと忘れっぽく、昔から同じ話をすることはよくあった。 その頃、私は都度「それ前も聞いたよ」と軽く言っていたのだが、 何故今それを言うか悩んでるかというと、正確には同じ話じゃないからだ。 「新婦が持ってきた手作りテディベアを参列

    「その話は前にも聞いた」って言えない
    akanama
    akanama 2019/12/20
    ちゃんと私の話を聞いてる?のテストの可能性も。だからどんどん荒唐無稽な話になっていくのでは。 … 聞いたことある話の場合、私は「ああ○○になる話ね」とオチを先出しつつ、その後の進展を聞く。
  • 「スター・トレック:ピカード」日本配信決定、Amazon Prime Videoで1月24日開始 | THE RIVER

    パトリック・スチュワート主演、「新スタートレック」(1987-1994)のジャン=リュック・ピカード艦長を主人公とする新作ドラマ「スター・トレック:ピカード(仮題)」が、2020年1月24日(金)より、Amazon Prime Videoにて日国内でも配信されることがわかった。 作では、『ネメシス/S.T.X』(2002)を最後に「スター・トレック」シリーズを去っていたピカードの“その後”が描かれる。『スター・トレック』(2009)でスポックが語っていたように、ピカードと縁の深かった惑星ロミュラスが破壊されたことを経て、彼は宇宙艦隊を去ったという設定だ。置かれた状況が変わってしまったピカードの前に、ひとりの女性が現れる。彼女は危険にさらされており、高い戦闘能力を持つものの、自分自身の真実さえ分からない。ピカードは彼女のため、クルーを集めてふたたび“艦長”に復帰するのだ。 米CBSは、

    「スター・トレック:ピカード」日本配信決定、Amazon Prime Videoで1月24日開始 | THE RIVER
    akanama
    akanama 2019/12/20
    「ワイルドカードはなし」で。
  • 書籍『AI vs.教科書が読めない子どもたち』が示す、「読解力が低い人」は「認知できる世界の解像度が低い」という事実。

    ホーム > 書籍『AI vs.教科書が読めない子どもたち』が示す、「読解力が低い人」は「認知できる世界の解像度が低い」という事実。 書は大きく前後半の2パートに分かれていて、 前半では、 ・巷で言われている「AI」は実際にはその実現過程で生まれた「AI技術」と呼ぶべきものであり、来志向された意味での「人工知能」と呼ぶにははるかに足りない代物であること ・その技術の延長にシンギュラリティが訪れることも無いだろうこと ・そうであるにも関わらず、そのAI技術によって現在のホワイトカラー労働者の多くを代替しうること ・しかもそのオートメーションの波がこれまでの産業革命とは比較にならない速度で、わずか20年間に圧縮されて起こるだろう という予測が示される。 そうであるならば、AI技術に代替されないための行動と施策を、となるのが当然の考えだ。 AI技術には実のところ3つのものしか扱うことができない

    書籍『AI vs.教科書が読めない子どもたち』が示す、「読解力が低い人」は「認知できる世界の解像度が低い」という事実。
    akanama
    akanama 2019/12/20
    理解できないことは無かったことにする、ということを無意識でやる人は一定数居る気がしている。