ジンギスカンは違う?遊牧民の食文化が残る「モンゴル料理」9選 モンゴル料理というとジンギスカンやスパイシーな料理を想像するかもしれませんが、まったく違います。ではどんなものがあるかご存知でしょうか?同じアジアにありながら、まだ知られていない魅力がいっぱいのモンゴル料理をピックアップしてご紹介します。 2019年6月26日 更新
第4部 ブッダをめぐる人々 第2章 さまざまな女たち 42話 逆うらみの美女 マーガンディヤー ブッダ時代の十六大国のひとつクル国に、バラモンのマーガンディア夫妻が住んでいた。夫妻にはマーガンディヤーという名の娘がいた。大切に育てられ、美しい容姿の少女となった。マーガンディヤーが結婚の年齢に達すると、夫妻は婿を探したが、ふさわしい相手がみつからなかった。マーガンディヤー自身、自分の美しさにたいへん誇りをもっていた。多くの若い男が彼女に言い寄り、結婚を望んだが、国王をのぞいて自分の美しさに値する者はいない、と彼女は考えていたので、かれらを拒絶した。 世尊がある日、バラモンのマーガンディアがいる村に托鉢に行かれたとき、マーガンディアが世尊を見かけ、その外見にひきつけられた。世尊が道を歩かれている様子を見ていると、いかに、もの静かで、気づきをたもち、威光にみちた物腰であるか、わかったのである。
1204年4月23日はトレビゾンド皇帝アレクシオス1世がトレビゾンドに入城したとされる日である(Karpov 2012 pp.75-76. Карпов 2001 Образование p.27)。以前もブログで紹介したが、根拠となる史料はアレクシオス1世の印章史料(印璽)において聖ゲオルギオスと復活のキリストが描かれており、これとパンアレトスの4月建国の記録とを照合して聖ゲオルギオスの聖名日である4月23日に征服、当時の復活祭の4月25日に建国がなされたとする推論がなされていることに由来する。復活祭の日や暦こそ違えど、4月23日が金曜日で25日が日曜日という面では今年とリンクしている。今回の更新で本ブログも開設してから4年になるので、いずれ時間が許せば他の研究をまとめた上でのでの「トレビゾンド帝国の建国」についてのブログ記事を書きたいが、今回は昨年更新した記事の続きとしての簡単な分析を
この秋、モンゴルを訪れる機会に恵まれた。モンゴルといっても、個人的には小学校の国語の教科書で習った『スーホの白い馬』の印象しかなく、つまり予備知識なし。ほぼまっさらな状況で出かけただけに新鮮な驚きを感じたことも多かった。 その中の1つが、現地で宿泊した「ゲル」の存在だ。ゲルは、遊牧民であるモンゴルの人々の移動式住居。ウランバートルなどの都市化が進む中では過去の産物であり、観光用などに残っているだけだと思っていたのだが、実はまだまだモンゴルの人々は「ゲル」に居住しているという。 モンゴルは夏が短く、真冬になればマイナス20℃といった厳しい寒さが訪れる。私が訪れた9月下旬ですら、一気に気温が氷点下に下がり雪がちらついていたほど。こうした環境に適応するために現代の暖房機器やソーラーパネルを搭載するゲルもあるが、それでも昔ながら、ゲルの中で薪を焚いて冬を乗り切る人々もいるという。 今回は、「ゲル」
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