一度出会ったら、人は人をうしなわない。 たとえばあのひとと一緒にいることはできなくても、あのひとがここにいたらと想像することはできる。あのひとがいたら何と言うか、あのひとがいたらどうするか。それだけで私はずいぶんたすけられてきた。それだけで私は勇気がわいて、ひとりでそれをすることができた。 東京を離れてもうすぐ十二年になる。いつか母にいわれたように、こんなことは「正気の沙汰ではない」のかもしれない。でもともかく、私も草子も元気で、毎年一つずつ年をとり、仕事をしたり眠ったり水泳大会にでたりしながら暮らしている。 十二年間東京の誰にも連絡していない。桃井先生は勿論、何人かの友人にも、父にも母にも従妹たちにも。 連絡を完全に断つことなんて、存外簡単なことだった。いないつもりになればいいのだ。はじめからいないつもり、帰る場所などないつもり。そう錯覚しない限り、とても二人でやっていけない。 ・・・