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Economicsとcultureに関するashigaruのブックマーク (3)

  • 国民性? - finalventの日記

    はてなブックマーク - 「派遣村」叩きに日の国民性を思う - 玄倉川の岸辺 ⇒「派遣村」叩きに日の国民性を思う - 玄倉川の岸辺 派遣村を叩いている個人の「自己責任」を問うてもそれこそ波平の頭(ほとんど不毛)なので、日人の国民性から考えてみる。 はて? 国民性? 山岸俊男の話が元なら。 安心社会から信頼社会へ―日型システムの行方 (中公新書): 山岸 俊男 それでは、日人の集団主義文化はどのようなものとして考えるべきでしょう。この点に関して筆者は、日人の集団主義文化は個々の日人の心の内部に存在するというよりは、むしろ日社会の「構造」のなかに存在しているのだという立場をとっています。 先の実験結果を説明するにあたって、筆者は集団主義を一人一人の日人の心の性質として考えるのではなく、社会のしくみとして考える理由を述べておきました。 というわけで、山岸俊男の文脈なら、日人の

  •  人間関係希薄化をめぐる視点(山形浩生vs山田昌弘) - Economics Lovers Live 田中秀臣のブログ

    『国民生活白書』をめぐる見方の異なる論説を続けて読む機会がありました。ひとつは『サイゾー』8月号の山形さんの「山形道場」です。 山形さんは、『国民生活白書』での(家族、地域、職場での)人間関係希薄化への警鐘に異論を提起しています。人間関係の希薄化は皆が望んだことなのだからと。濃い人間関係はもはや面倒なだけではないか、そして互助組織みたいなものに全面的に頼らなくてはいけない社会ではもはやないから(それだけ豊かになったから)、人間関係が変化したのだ、と。 もちろん「人間関係」というのは複雑なものですし、山形さんの主張は、この「人間関係」が希薄化したからといって、それを政府が音頭とってどうなるもんじゃないだろう(人々が自発的に選択した結果であることが濃厚だし、市場の失敗という明白な証拠はない)、ということでしょう。 それに政府はおせっかいはやめて、経済の安定化に邪魔にならないようにしていれば、社

     人間関係希薄化をめぐる視点(山形浩生vs山田昌弘) - Economics Lovers Live 田中秀臣のブログ
  • 土居丈朗 経済学の論理・霞が関の論理

    月刊誌『ファイナンス』(大蔵財務協会刊)2004年7月号、2004年8月号、2004年9月号にわたり、全3回で連載致しました! このページの文章が長くなったので、今回の更新した個所だけ読みたい方は、 新たに加わった個所へジャンプして下さい。 2002年 8月 9月 10月 11月 12月 2003年 1月 8月 12月 2004年 1月 へジャンプ 2002年8月8日 私は、8月8日から2004年3月31日まで、財務省 財務総合政策研究所主任研究官として移籍致しました。その間、大学では、慶應義塾大学経済学部客員助教授となります。2004年4月1日には、慶應義塾大学経済学部助教授に復職する予定です。この異動は、公務員の民間人登用の一環で、一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律に基づき、任期付き国家公務員として着任致しました。 私は、これまで大学で、経済学の論理で仕事をしてきました

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