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楠木建に関するbocbqcmnのブックマーク (10)

  • 真の改革者は「構造改革」を待たない | 文春オンライン

    小泉政権の後数年間は、(第一次安倍内閣を含めて)毎年のように首相が代わった。これではまともな国とはいえない。9月以降も安倍内閣が続くかどうかは不透明だが、もし首相が交代するのであれば、誰がなるにせよ、少なくとも5年は続く格政権となることを願う。 小泉純一郎氏 ©文藝春秋 永遠の「構造改革」 安倍政権の出発点にあったテーマは構造改革だった。振り返れば、その前の民主党政権も「政権交代による構造改革!」のかけ声で始まった。これに限らず、その前の首相も、その前の首相も、さらにその前も、第一声は「構造改革!」(しばしばこの前に「抜的な」という形容詞がつく)だったことには変わりはない。 僕が生まれたのは、ちょうど池田勇人内閣から佐藤栄作内閣に移行するときだったが、佐藤内閣もいちばん最初に打ち出したのは「抜的な構造改革」だった(いや、ホントは確認していないのだが、ほぼ間違いなくそうだったと思う)。

    真の改革者は「構造改革」を待たない | 文春オンライン
  • 楠木建『仕事の一般原則』

    楠木建オフィシャルブログ「楠木建のBluedogs日記」Powered by Ameba 楠木建オフィシャルブログ「楠木建のBluedogs日記」Powered by Ameba 研究論文に不正があったかどうかという例の話、例によってマスメディアの勝手なアゲサゲの明け暮れでして、僕としては、この際よどみなくどうでもいい話でほっとけばイイ、3年もたてばみんな忘れてるんじゃないの、あほくさ…、に尽きるわけです。その点、山中先生はさすが。「STAP細胞の科学的な検証を待ちたい」。これ以上言いようはないわけで。 とりわけイヤなのは、ワイドショー的掘り下げ(ややキツ目の茶髪や巻き毛や服装関係や人間関係関係)よりも、むしろこのチンケな話を無理やり一般化した研究者からの言説のもろもろ。こういう批判が結構出てくるんですね、これが。 「多くの研究者が真摯に仕事をしているのに、こんな事件が起こるとアカデミズム

    楠木建『仕事の一般原則』
  • できる人ほどフリーで稼げる時代に、会社に所属する意味はあるのか:一橋大学・楠木建

    働き方改革の迷走や、フリーランス、ノマドワーカー、副業、地方移住など、働き方の多様性や自由が叫ばれる昨今、会社に属する意味はどこにあるのか。大ベストセラー『ストーリーとしての競争戦略』の著者である、楠木建教授(一橋大学)に、これからの企業と社員の関係について聞いた。 今の時代に、会社に所属する意味とはなんなのか 薮崎 「フリーランス副業などの働き方がだんだん広がり始め、クラウドソーシングやクラウドファンディングなどのプラットフォームが出来てきている今だからこそ、企業に所属する意義をきちんと明示しなければならないと思っています。」 楠木 建 一橋大学教授。専門は競争戦略。著書に『「好き嫌い』と才能」(東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たったひとつの仕事の原則』(ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、『経営センスの論理』(

  • 「無努力主義」の仕事術 | 文春オンライン

    ハゲましておめでとうございます。 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。 この連載では一貫して極私的な好き嫌いの話をしている。連載の1回目でも書いたように、「良し悪し」よりも「好き嫌い」、これが僕の人生哲学である。 そういうと、やたらと趣味的な話に聞こえるかもしれない。「仕事に好き嫌いを持ち込むな」「好き嫌いでっていけるほど世の中は甘くない」「好きなことは趣味でやれ」――。仕事は「良し悪し」、一方の「好き嫌い」は趣味の世界で……という図式が定着している。しかし実際は逆、仕事こそ好き嫌いがものを言うというのが僕の考えだ。 ©iStock.com そういうと、「ナンバーワンよりオンリーワン」とか「自分の個性を大切に」とか「自分探し」とかの「癒し系」の話、もっといえば「にんげんだもの……」というような「相田みつを系」の話に聞こえるかもしれない。しかし、これも僕の真意とはまるで

    「無努力主義」の仕事術 | 文春オンライン
  • 一橋大学教授・楠木建氏が語る「好き嫌い」を経営戦略にすべき理由

    2018年2月21日、株式会社あしたのチームが主催する「あしたの人事クラブ発足記念パーティ」&『あしたの履歴書』出版記念イベントの一環として、特別講演が催されました。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木氏が登壇し、「好き嫌いの復権」をテーマに、これからの組織のあり方や個人の働き方について提言を行いました。パートでは、ビジネスにおいては見過ごされがちだった「好き嫌い」という観点の重要性を説きます。 「好き嫌い」を経営戦略にすべき理由 司会者:特別講演に移らせていただきます。 特別ゲストは、経営書としては異例の20万部を発刊した、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』の著者である、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木健先生にお越しいただきました。 日は“好き嫌いの復権”についてお話をいただきます。 それでは、楠木先生、よろしくおねがいいたします。 (会場拍手) 楠木建

    一橋大学教授・楠木建氏が語る「好き嫌い」を経営戦略にすべき理由
  • 成果を出すのはがんばる人よりも“凝る人” 楠木建氏の「無努力主義」のすすめ

    好きだからこそ「余人をもって代え難い人」になれる 楠木建氏(以下、楠木):そう言いますと、相田みつを系の話に聞こえるらしいですね。オンリーワンで良いんだよといったように。僕はまったくそういうつもりはなくて、けっこう世の中を厳しめに見ております。そんな甘いものじゃないだろう、仕事は。 だいたい、他の人ができることが普通にできるというのは、いろんな代案や他の人もいるわけで。それでは、プロの世界ではゼロと同じだと思います。これができる、あれができると言っているうちはまだまだ素人で、余人をもって代え難いというのが当の仕事なのです。 今の良し悪しは、インセンティブ。スキルがそうなのですが、こういうことをやると良いんだよという。インセンティブがあると「よし、じゃあ英語を勉強するぞ」と、努力が強制されるのですね。そうすると、英語が上手くなる。プレゼンテーションが上手くなる。 そうすると、昇進や報酬など

    成果を出すのはがんばる人よりも“凝る人” 楠木建氏の「無努力主義」のすすめ
  • 『白い巨塔』の変遷にみる 日本の希薄化【後編】 | 文春オンライン

    (前編よりつづく) 狂気の田宮二郎 『白い巨塔』は映画化の後も繰り返しテレビドラマ化されている。なんといっても圧巻は1978年の田宮二郎主演のバージョンである。DVD化されてすぐに大喜びで一気に観た。全31回の連続テレビドラマである。立て続けに観るとさすがに長く、映画のような緊張感はない。しかし、その分小説に忠実な筋運びが映像で楽しめる。 ドラマ版もキャスティングが冴えている。オリジナルキャストの田宮二郎、小沢栄太郎、加藤嘉は言うに及ばず、里見役の山學、又一役の曾我廼家明蝶らの堂に入った演技は素晴らしい。里見助教授は山學がベストである。とりわけ異彩を放つのが、花森ケイ子を演じる太地喜和子だ。映画版の小川真由美も今の水準でいえばとんでもないアクの強さだが、太地はそれこそ全身女優、小川が原爆級とすれば、水爆というかICBM級の威力があった。 虚実があいまいになるほどはまり役だった田宮ニ郎 

    『白い巨塔』の変遷にみる 日本の希薄化【後編】 | 文春オンライン
  • 『白い巨塔』の変遷にみる 日本の希薄化【前編】 | 文春オンライン

    複雑にして単純 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。 先日、ニューヨークに出張に行った際、帰りの飛行機の中でテレビドラマ『白い巨塔』の唐沢寿明版というのがあったのを知り、原作の続編に当たる第2部の11回分を一気に観ることができた(財前が教授になるまでの第1部は残念ながらなかった)。ニューヨーク→東京は14時間のフライトなので、全部観るのにちょうどよかった。 山崎豊子の傑作長編社会派小説『白い巨塔』。ご存知の方も多いと思うが、「浪速大学」という国立大学の医学部を舞台に、同期生である2人の医師、財前五郎と里見脩二という対照的な人物の対立を通して、人と人の世の宿痾と矛盾をこってりと描く重厚なドラマである。 『白い巨塔』山崎豊子 財前は道噴門癌の若き権威として自他ともに認める浪速大学医学部のエース。卓越した技量と実績に裏打ちされた自信。これ以上ないほど野心家でアクが強い性格。

    『白い巨塔』の変遷にみる 日本の希薄化【前編】 | 文春オンライン
  • 楠木建が語る「現代人必須の教養は戦時下の日記だ」 | 文春オンライン

    日記の醍醐味は文脈理解にあり あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。 読書の話を続ける。僕の読書の好みはジャンルで言えば小説などのフィクションよりもノンフィクション、とくに人間と社会についてのノンフィクションであることは前に話した。その目的は知識というよりも、人と人の世の質について、「なるほど、そういうことか、面白いねえ……」と、僕なりの理解というか論理をつかむことにある。 ©iStock.com 芸論と並んで日記というジャンルを僕が愛好するのは、それが「なるほど、そういうことか……」の宝庫だからである。前回話したように、整理されたマクロレベルの概説よりも、具体的なディティールの記述にこそ「なるほど、そういうことか……」が潜んでいる。この点、日記は具体的詳細の記述がもっとも豊かなジャンルだ(というか、ほとんどの場合、具体的詳細の記述しかない)。 さらにイイことがある。記

    楠木建が語る「現代人必須の教養は戦時下の日記だ」 | 文春オンライン
    bocbqcmn
    bocbqcmn 2018/04/04
    私が大尊敬している楠木先生。選書のセンスに唸る。私も戦争はイヤだから、ちゃんとオススメ本を読もうっと。
  • 「勝ち組・負け組」と騒ぎ立てる人のイヤらしさ | 文春オンライン

    「負け」が基 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。 僕がやっていることといえば、自分なりに考えたことを人さまに向けて書いたり話したりするだけ。あとは皆さまでひとつよしなに……、という仕事である。究極の間接業務といってもよい。舌先三寸にして口舌の徒。そういう暢気な仕事をしている僕でも、たまには「ここは勝負のしどころだな……」という局面がある。 ©iStock.com 勝負事そのものが好きなわけではない。賭け事はまったくやらない。競技スポーツとなるとはっきりと嫌いである。 どちらかというと、勝ち負けにはこだわらない方だと思う。すくなくとも負けず嫌いではまったくない(それにしてもいつも不思議に思うのだが、なぜ「負けず嫌い」というのだろう。負けるのが嫌いであれば、「負け嫌い」になるはず。「負けず」ということは「勝ち」、悪くても「引き分け」なわけで、「負けず嫌い」といってしまえ

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