モテない男が女の子にモテるために必要な要素として外見ではなく内面重視を美徳とする態度は、ニーチェの言う「キリスト教=奴隷道徳」と同じ価値観です。 キリスト教的価値観に支配されたドラマや小説などで使い古されたテーゼで「人間は外見なんかより心が綺麗なことのほうに価値がある」などと称して 不細工だが優しくて思いやりがある清らかな心の主人公が美人の彼女をゲットするというお伽話のようなストーリーが往々にしてありますが、現実には人間本性からそんなことは不可能です。 外見より内面を重視するように振る舞えたとしても、心ではイケメンになって美人の彼女を作りたいと神に祈っているのです。 現実でも美人・イケメンは自由に生きていても周りは認めてくれますが ブサイクな人物は他人に気を使い周りの為に心を砕き人格で勝負するしかなく、 その結果善人と呼ばれてもきっとその人の悔しさは癒されないでしょう。 キリスト教の僧侶は