シーザー 起きた、見た、なった 高橋源一郎 ある朝、わたしは不安な夢からめざめた。 わたしの名前は、ジョン・F・ケネディとかトーマス・マンとかいった名前だった。 本当はグレゴール・ザムザだったかもしれない。 わたしはベッドを起き上がろうとした。 おどろくべきことに、わたしは自分の躰が大きな「毒虫」になっているのに気づいた。 この固い背中は甲殻だろうか? まだ夢が続いているのかもしれない、とわたしは思う。 もし、夢が続いているのなら、目を覚ませばいい。目を覚ますには起き上がることだ。 わたしが起き上がろうと頭をもたげると、お腹が褐色にふくらみ、固い節で分け目を 入れられているのが見えた。 「なんてこった。これでは本当に毒虫じゃあないか」 「虫」は「毒」を持たないし、「毒」は「虫」ではない。「毒虫」は論理的に考えて、「毒を持つ虫」だ。 わたしは毒虫が好きではない。毒虫を触るのも