ささやかな日常の断片を形にし記録する実験場「MON(O)YA」(もにゃ) ――――――――――――――――――――― 「MON(O)YA」は、あらゆるクリエイティブの既成概念を壊す手段の一つとしてモノと商店を考えてみる実験商店であり、クリエイティブスタジ...
それでは、『焼鳥の戦前史』の冒頭部分をお楽しみください。 第一章 廃棄物と食品偽装から生まれた焼鳥 1.詩人、焼鳥屋になる 詩人、草野心平は途方に暮れていた。 中国の嶺南大学留学中に詩に目覚めた草野は、日本語教師の職のかたわら詩作活動を行っていたが、中国における排日運動が高まり帰国を余儀なくされる。 その後職や住所を転々と変えながら同人活動を中心に詩作を継続。結婚もし、子供もできたが、そこに世界大恐慌が発生。当時としては少数派のエリートである大学卒の人間さえも就職できず、小津安二郎監督が就職難をモチーフにした映画「大学は出たけれど」を撮る時代になった。 やることといえば質屋に通うことと、金策に駆け回る日々。そんなあてのない、途方に暮れる生活を送っていたある日、2歳の息子とともに散歩していると、空き地の中に放置されている屋台が目に入った。 ”その上の方がほこりにまみれ下の方は泥がはね上ってゐ
フジロック(が開催されなかった)会場レポート 初年度から皆勤賞のフジロッカーによる、この夏の“おれなりのフジロック”の記録 2020年8月21日 12:10 2413 106 × 2413 この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。 571 1348 494 シェア 1997年にスタートして以来、毎年7月下旬頃に行われてきた国内最大規模のロックフェス「FUJI ROCK FESTIVAL」。今年は東京オリンピック開催の影響もあって8月21~23日に行われる予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により残念ながらそれも見送られることになった。 15歳で初年度のフジロックに参加して以来、毎年欠かさず会場に足を運んでいたという“本人”氏は、今年の夏も例年通り会場である新潟・苗場スキー場を訪問。あるはずだったステージのない苗場の風景を目
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