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日本では、社会を思想的に把握しようとする人にありがちなこととして、歳を取るほど話のスケールが大きくなって、人類全体、人類史全体を対象にするような「大きな物語」を描こうとするというのがある。そのこと自体は、ヨーロッパ流の、「人類」全体を対象にするユマニスムの知的伝統と、アメリカ流の実証主義的プラグマティズムの間に置かれた日本のアカデミズムならではの現象なのだと思う。若いときは堅実に、実証的に取り扱いうる事象のみを研究しているのだけれど、そのうちにそうした事象の背後にある、なにか共通の糸みたいなものが見えてきて、よし、一生の仕事として、最後の難問に取り組んでみるか、と。そこで宣長に帰るか、普遍的人類(あるいはサルとの比較とか)を想定するかといった違いはあるけど、まあそういう人は多いわけだ。 それを揶揄するだけの知的能力は僕にはないし、そもそも僕の関心は分不相応に大きいので、こうした人々の仕事の
今日は、国際政治関連の話題です。最近は、テレビのニュース番組で北朝鮮関係の報道を見ない日はないようになりましたが、いろいろな情報を私なりに総合すると、あの国は現在、大きな歴史的転換点に差し掛かっているように見えます。 その転換点とは、言うまでもなく二代目から三代目への権力委譲という、同国にとって最も重要な一大政治イベントであり、同国はそのイベントを成功させるための政治宣伝工作の一環として、さまざまな趣向を凝らした軍事的アトラクションを展開し、それを新たな指導者および指導層の影響力強化に結びつけようと試みているようです。 以前に『歴史群像』誌の「北朝鮮建国史」という記事でも書きましたが、あの国の初代首領は、庇護者であったソ連政府とソ連軍の後押しで巧妙に神格化された上、大規模な戦争を指導して最終的に「負けなかった」という実績により、国家指導者としての地位を確固たるものとしていました。そして、二
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