「自分は優れた散文作家であったことなどない」 最近、映画『名もなきもの/A COMPLETE UNKNOWN』でティモシー・シャラメ演じるボブ・ディランを観たというイシグロは、ディランは自分がアコースティックギターではなく(エレキギターの)ストラトキャスターを選ぶことで、どれほどの驚愕を引き起こすか意識していたのだろうか、それは彼のある種の無邪気さが発揮された結果だったのだろうか、と疑問を口にした。 「私にはまったくわからないんです。ディランの心は読めませんね」 自身の作品のスタイルが変わってきたことに関しては、単に「より内面的なものを追求してきただけです。『裏切り者』と呼ばれてやろうと思って狙ったわけじゃないですよ」とのことだ。 怒れる群衆がイシグロに挑みかかるというのは想像しがたい。どんなときも丁寧かつ控えめというだけでなく、自己欺瞞と矛盾に陥る人間の性を描くことについては一貫している

