県民が歩んできた苦難の近現代史をたどり、沖縄の現状を考える上で新たな視座が提示された。自己決定権の保障を求める県民世論の大きな足掛かりとなろう。 160年前に結ばれた琉米修好条約など3条約を根拠に、国際法学者が1879年の「琉球処分」は当時の慣習国際法に照らして「不正」との見解を示した。しかも、今日の国際法に基づき、不正の責任を日本政府に追及することが可能という。 学者らの指摘に対し、外務省は「確定的なことを述べるのは困難」と回答し、不当性を否定しなかった。武力を持って沖縄の主権を侵した「琉球処分」の実相を見据えたい。沖縄の主権回復を追求する県民世論の高まりは当然であろう。 「琉球処分」の後、皇民化・同化政策が推し進められ、その帰結として沖縄戦の悲劇があった。敗戦後の米国統治下で人権を侵され、復帰後も基地の重圧に苦しみ続ける。このような沖縄の歩みと現状を考えたとき、その源流として「琉球処分
Paul Krugman, “The Specter of Iraq,” Krugman & Co., July 11, 2014. [“The Iraq stain,” The Conscience of a Liberal, June 30, 2014.] イラクの妖怪 by ポール・クルーグマン TUNIN/The New York Times Syndicate 近頃はぼくもイラクがらみの話をめっきり書かなくなってるけど,先日『ニューヨークタイムズ』にジェイムズ・リズン記者が書いたレポートを読むと,あのおぞましさがよみがえってくる.ぼくが言わんとしてるのは,たんに,アメリカ人がウソで戦争に引きずり込まれたってことだけじゃない.ぼくらのメディアと政策エリートたちの大半が,先を争ってイラク討つべしの合唱に加わった.そして,この企ては多くの人命とお金を無駄に費やすことになった. そればか
和語中心の言葉は、なぜ崩れやすく、英語の姿を見失った学習にさせるか目次 1 自分の居場所 2 越中・富山県 略史 —– —– —– ☆☆☆ 自分の居場所 かなり前からなんですが、人間関係が薄くなって富山のいろんなところで人々の都会化が顕著である。それに多くの人たちが慎み深くていいのですが、反面どうしようもなく内気で、活気が乏しい。それはそれでいいが、その交際範囲がとても狭い。 また、誰にも言えることは、富山での自分の居場所をどうやって見つけるかであろう。でも居場所ってどんなものだろうか。 この地域ではさらに周りに何もないことに不満を持っている人たちが多い。周りに何もないからと不平を言っていいだろう。なければないと嘆いてもいい。実際手近に必要なものを見付けるのは難しい。特に若者たちからの満足を得ようとすれば、今の姿はそれからほど遠いであろう。 でも、それ以上に大切なことは、良いものがないと
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く