その矛盾と摩擦こそが我々の存在の実相だと断言するのが、仏教の縁起。摩擦があってもなお関わり続け、互いに異なることを怖れず、あえて出会いを求めるには、決意と想像力が必要だろう。これを仏教は「慈悲」

akihiko810akihiko810 のブックマーク 2015/02/22 13:11

その他

このブックマークにはスターがありません。
最初のスターをつけてみよう!

南直哉著「語る禅僧」 慈しみと縁

    P69 ”こう考えると、私が何であるかは、自分が自分以外の「他のもの」と、どのような関係をつくり出していくのか、によることになる。その実践の結果ではなく過程を、私は「主体性」と呼びたい。 われわれの存在...

    \ コメントが サクサク読める アプリです /

    • App Storeからダウンロード
    • Google Playで手に入れよう