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スマトラで被災、日本で学んで出た答え 防災の軸は教育とコミュニティー :朝日新聞GLOBE+
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スマトラで被災、日本で学んで出た答え 防災の軸は教育とコミュニティー :朝日新聞GLOBE+
2004年の津波で、民家に乗り上げた漁船。多くの観光客が訪れ、記念撮影をしていく=バンダアチェ、本間... 2004年の津波で、民家に乗り上げた漁船。多くの観光客が訪れ、記念撮影をしていく=バンダアチェ、本間沙織撮影 ――2004年のスマトラ島沖地震で、最も被害が大きかった西部バンダアチェで被災されたそうですね。 両親ときょうだい4人を失いました。津波の備えがありませんでした。甚大な被害に途方に暮れましたが、各国が成果を競い合うように支援し、町は元通りになりました。「迅速な復興」という意味では成功と言えるかもしれません。でも、それは再び津波に襲われたら同様の被害に遭うかもしれない危ない状況のままだともいえます。 2009年に開館した津波博物館。津波襲来を追体験するつくりになっていて、災害時は避難所にもなる=バンダアチェ、本間沙織撮影 ――政府と住民の連携はうまくいったのでしょうか。 被災の4カ月後に大統領直轄の復興再建庁(BRR)が発足し、世界中からの援助や支援活動を割り振り、海沿いを居住禁止区