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梅松論 - Wikipedia
『梅松論』(ばいしょうろん)は、南北朝時代の歴史書もしくは軍記物語。全2巻。著者不明だが、室町幕府... 『梅松論』(ばいしょうろん)は、南北朝時代の歴史書もしくは軍記物語。全2巻。著者不明だが、室町幕府側の人物とされる。主に鎌倉時代後期の両統迭立期から元弘の乱・建武の新政・建武の乱・南北朝の内乱などを主題とし、金ヶ崎の戦い(延元2年/建武4年(1337年))までを描く。同時代を扱った書としては『太平記』と双璧をなす。成立年代について、古説は正平4年/貞和5年(1349年)とするが、新説は上限を正平13年/延文3年(1358年)・下限を正平16年/康安元年(1361年)とする。 概説[編集] 京都北野天満宮に参拝する人々に、老僧が語りかけるという、いわゆる「鏡物」の形式で描かれる[1]。全体として、鎌倉幕府の治績から足利尊氏が政権を掌握するまでの過程を描く。上巻では、鎌倉時代末期の政治情勢(両統迭立)やその終焉、建武の新政と新田氏と足利氏の対立の様子が綴られ、建武の乱の第一次京都合戦の途中で終