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天正18年7月6日上杉景勝ほか宛豊臣秀吉朱印状 - 日本中近世史史料講読で可をとろう
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天正18年7月6日上杉景勝ほか宛豊臣秀吉朱印状 - 日本中近世史史料講読で可をとろう
しばらく余計な話題ばかり採り上げてきたが、今回からまた秀吉発給文書に戻る。7月5日小田原北条氏が降... しばらく余計な話題ばかり採り上げてきたが、今回からまた秀吉発給文書に戻る。7月5日小田原北条氏が降伏した翌日*1、忍城に布陣していた上杉景勝、前田利家、岩付城に布陣していた木村常陸介、山崎片家四名宛に下記の書状を送った*2。 急度被仰遣候、小田原*3事、氏政*4初而、其外年寄*5四五人可切腹候間、籠城之諸卒*6命之儀、被成御助候様にと種〻相歎候条相免、右之者共切腹被仰付候、則本丸へ此方之人数入置候、然者其表人数*7此方*8へ不入候間、忍*9面へ早〻相越、堤丈夫二可申付候*10、十四五日比*11ニハ岩付*12へ可被成御出候間、忍面堤躰*13可被成御見物候条、普請等無由断、能〻可申付候、猶増田右衛門尉*14可申候也、 七月六日*15 (朱印) 羽柴越後宰相中将とのへ*16 羽柴越中侍従とのへ*17 木村常陸介とのへ*18 山崎志摩守とのへ*19 (四、3297号) (書き下し文) 急度仰せ遣わ

