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鳴物入りで角界入り - jun-jun1965の日記
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鳴物入りで角界入り - jun-jun1965の日記
かつて、大学相撲で凄い成績をあげた力士が大相撲入りすると、その時点で大騒ぎした時代というのがあっ... かつて、大学相撲で凄い成績をあげた力士が大相撲入りすると、その時点で大騒ぎした時代というのがあった。 大学出身で初めて大関になったのが、時津風理事長だった東京農業大学の豊山である。しかし、同じ大学を出て時津風部屋に入り、豊山の名を継いだ今の湊親方は、小結どまりだった。その一方、日大から入った輪島がスピード出世で横綱となり、続いて近畿大から長岡が入って大関となった。朝潮である。 さあこれでマスコミは、青田買い的な報道をするようになり、1983年に同志社大出身でアマチュア相撲でも実績のある服部祐児が伊勢ノ海部屋に入った時は凄かった。伊勢ノ海部屋は当時振るわなかったが、かつて横綱柏戸を出した部屋なので、服部はすぐにも横綱になって柏戸の名を継ぐものと見て、「柏戸のしこ名を汚すなよ」などと書いた者まであった。(山藤章二) 当の柏戸は独立して鏡山親方になっており、伊勢ノ海部屋はその頃、元藤ノ川が継いで