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解説:小野憲史のゲーム時評 「ゲーム批評」の思い出(4) “ゲームの批評”の変遷 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
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解説:小野憲史のゲーム時評 「ゲーム批評」の思い出(4) “ゲームの批評”の変遷 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者... 超硬派のゲーム雑誌「ゲーム批評」の元編集長で、ゲーム開発・産業を支援するNPO法人「国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)」元代表の小野憲史さんが、ゲーム業界を語る「小野憲史のゲーム時評」。今回も、小野さんの「ゲーム批評」時代の思い出を語ってもらいます。 ◇ 筆者が新卒で配属され、創刊から携わった雑誌「ゲーム批評」には、「ゲームの売り上げより作品性を重視する」という編集方針があった(創刊編集長が決めた)。そこには「ヒットしたゲームだけが、おもしろいわけではなく、市場で埋没したゲームにも、評価に値する作品がある」という問題意識があった。もっとも、ゲームの評価に対する共通認識はなかった。そのため、毎号ライターと編集部、さらには編集部内でも、喧々諤々(けんけんごうごう)の議論が続いた。 例として「スーパーマリオブラザーズ」をあげてみよう。名作アクションゲームという評価の一方で、男女の社会的役割