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この奇跡は一度しか生きられない(私はせいぜい四半世紀ほどだ) - シロクマの屑籠
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この奇跡は一度しか生きられない(私はせいぜい四半世紀ほどだ) - シロクマの屑籠
世界には奇跡が溢れている。 いっそ「社会には」と言い換えても構わないかもしれない。なぜなら狭義の自... 世界には奇跡が溢れている。 いっそ「社会には」と言い換えても構わないかもしれない。なぜなら狭義の自然の産物を除外し、人間とその社会が作り上げた被造物だけを挙げても奇跡は溢れているからだ。 その最たるものとして、東京を思い出す。東京の景色のひとつひとつが、私には奇跡にみえる。よくもこんなことが成立しているものだ。東京という街ができあがり、行き交う人々が全員違った意志をもって動いているにもかかわらず秩序が成立し、ほとんどの人が曲がりなりに食べ、寝て、互いを害するでもなく共存していることを、私は奇跡とみる。 文化的にもそうだ。読み書きに音楽、映像、そしてインターネットをはじめとする通信技術。書記や活版印刷や無線通信はインフラをつくるだけでなく、文化の産物を遠く広く届けている。衛星通信技術のおかげで今では離島でもインターネットに接続できる。 人間にそれらを成し遂げるポテンシャルがあったこと自体も奇

