エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
大河ドラマは「超大河」へ進化すべきか? 『豊臣兄弟!』から考える“史実”を描く意味
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
大河ドラマは「超大河」へ進化すべきか? 『豊臣兄弟!』から考える“史実”を描く意味
NHK大河ドラマの歴史は長い。1963年から63年も続いている。昭和、平成、令和と3つの時代を駆け抜けその... NHK大河ドラマの歴史は長い。1963年から63年も続いている。昭和、平成、令和と3つの時代を駆け抜けそのつど時代に合わせてアップデートしていると思うが、世代によって大河に求めるものに違いがあり、肯定や否定、様々な意見が飛び交う。それが豊かな議論になればいいが分断を生むのは残念だ。 例えば、歌舞伎は古典や新作に分けている。最近では「超歌舞伎」という新たなレーベルが生まれている。大河ドラマもそろそろシン・大河や超大河、新解釈大河などのライン展開を考えたほうがいいのではないか。現在放送中の『豊臣兄弟!』を観ながらそんなことを考えた。そう思ったのは、第17回の内容が賛否両論だったからだ。 『豊臣兄弟!』は豊臣秀吉(池松壮亮)を支えた弟・秀長(仲野太賀)を主人公にした物語だ。第18回「羽柴兄弟!」から兄弟の名字が「羽柴」になる。羽柴筑前守秀吉と羽柴小一郎長秀としてこれからますます活躍していくことだ

