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<小田原北条氏の防衛戦(その19)> 畠山重忠の菅谷館跡と、木曽義仲の父の館である大蔵館跡 - 歴史ぶらり1人旅
こんにちわ、rekikakkunです。 小田原北条氏の防衛戦の流れの中、 埼玉県比企郡の国指定史跡、 比企城館... こんにちわ、rekikakkunです。 小田原北条氏の防衛戦の流れの中、 埼玉県比企郡の国指定史跡、 比企城館跡群をご紹介しています。 もう19回目となり、タイトルも、もはや 完全に関係ない表題になってます。😂 今回は、前回探訪した武蔵松山城、杉山城に続き、 菅谷館(すがややかた)を探訪します。 比企城館跡群はもう一つの小倉城を含め、 上記4つの城館で構成されています。 16.菅谷館(国指定史跡、続日本百名城) 1)菅谷館跡の立地 比企城館跡群は、下の写真で4つの黒丸印で 囲われた所です。 関越自動車道で行きますと、最寄りのICは、 東松山ICと嵐山小川ICになります。 ほぼ埼玉県のど真ん中と言って良い位置です。 比企城館跡群の地図 2)菅谷館の歴史 菅谷館跡内には、埼玉県立の嵐山史跡の 博物館が建てられています。 ここに掲載されている説明によりますと、 菅谷館は鎌倉幕府の有名な御家人の
2024/06/29 リンク