エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
島津家久の上京日記【11】 連歌興行と酒と/天正3年5月6日~5月13日 - ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
島津家久の上京日記【11】 連歌興行と酒と/天正3年5月6日~5月13日 - ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。
天正3年(1575年)5月の島津家久(しまづいえひさ)の日記から。連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)... 天正3年(1575年)5月の島津家久(しまづいえひさ)の日記から。連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)の世話を受けて、京の滞在を続けている。 ちなみに、里村紹巴は地方の戦国大名とも親交がある。島津氏もその一つだった。島津家久の正室は樺山善久(かばやまよしひさ)の長女。舅の樺山善久は和歌にすぐれ、都の文化人との人脈を持つ。里村紹巴が島津家久の世話を焼いているのには、そんな事情もあるのだ。 『中務大輔家久公上京日記』によると、5月7日から連歌興行が続く。 前回の記事はこちら。 rekishikomugae.net 『中務大輔家久公御上京日記』の解説はこちら。 rekishikomugae.net 史料は東京大学史料編纂所の翻刻より引用。 『中務大輔家久公御上京日記』(東京大学史料編纂所ホームページ) 島津家久は島津貴久(しまづたかひさ)の四男。当主である兄の島津義久(よしひさ)のもとで活躍した

