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島津家久の上京日記【12】 明智光秀と会う/天正3年5月14日~5月16日 - ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。
天正3年(1575年)5月14日に島津家久(しまづいえひさ)は明智光秀と会う。翌日には居城にも招かれた。... 天正3年(1575年)5月14日に島津家久(しまづいえひさ)は明智光秀と会う。翌日には居城にも招かれた。連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)は明智光秀と親交があり、二人を引き合わせた。 この二日間については、『中務大輔家久公御上京日記』でも詳しく記される。その書きぶりには、なんとも言えない熱量と緊張感がある。 前回の記事はこちら。 rekishikomugae.net 『中務大輔家久公御上京日記』についてはこちらの記事にて。 rekishikomugae.net 史料は東京大学史料編纂所の翻刻より引用。 『中務大輔家久公御上京日記』(東京大学史料編纂所ホームページ) 島津家久は島津貴久(たかひさ)の四男である。軍事に優れ、島津家の勢力拡大を牽引した。兄には島津義久(よしひさ)、島津義弘(よしひろ)、島津歳久(としひさ)がいる。 rekishikomugae.net 天正3年5月14日(その



2026/03/03 リンク