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薩摩伊作の海蔵院跡と南方神社、島津忠良の学び舎 - ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。
鹿児島県日置市吹上町中原・湯之浦のあたりは、かつての薩摩国伊作(いざく)のうち。この地は島津一族... 鹿児島県日置市吹上町中原・湯之浦のあたりは、かつての薩摩国伊作(いざく)のうち。この地は島津一族の伊作氏が領していた。そして、戦国島津氏の源流は伊作氏にあったりもする。 伊作城の麓の湯之浦には、如意山願成就寺海蔵院(にょいざんがんじょうじゅじかいぞういん)という大きな寺院があった。島津忠良(しまづひさなが)は幼少期にここで学んだ。海蔵院は明治の初めに廃寺となる。現在は石塔類が残る。 如意山願成就寺海蔵院 島津忠良と海蔵院 仁王像と森の中の石塔群と 南方神社(諏訪神社) 如意山願成就寺海蔵院 応永5年(1398年)に伊作久義が創建したと伝わる。伊作久義は伊作氏の4代目にあたる。真言宗で、鹿児島の経圍山宝成就寺大乗院(鹿児島市稲荷町)の末。本尊は阿弥陀如来。 『三国名勝図会』によると、同書が編纂された19世紀には坊舎が二つ残るだけだったが、当初は12の坊舎があったという。吹上中原の大汝牟遅神社



2026/05/06 リンク