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万葉歌碑を訪ねて(その898-1)―太宰府市吉松 太宰府歴史スポーツ公園(9)―万葉集 巻三 三四〇 - 万葉集の歌碑めぐり
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万葉歌碑を訪ねて(その898-1)―太宰府市吉松 太宰府歴史スポーツ公園(9)―万葉集 巻三 三四〇 - 万葉集の歌碑めぐり
●歌は、「いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし」である。 太宰府歴史スポーツ公... ●歌は、「いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし」である。 太宰府歴史スポーツ公園(9)万葉歌碑(大伴旅人) ●歌碑は、太宰府市吉松 太宰府歴史スポーツ公園(9)にある。 ●歌をみてみよう。 ◆古之 七賢 人等毛 欲為物者 酒西有良師 (大伴旅人 巻三 三四〇) ≪書き下し≫いにしえの七(なな)の賢(さか)しき人たちも欲(ほ)りせしものは酒にしあるらし (訳)いにしえの竹林の七賢人たちさえも、欲しくて欲しくてならなかったものはこの酒であったらしい。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より) (注)七賢>竹林の七賢:中国の後漢(ごかん)末から魏(ぎ)を経て西晋(せいしん)に至る間(2世紀末から4世紀初め)に、文学を愛し、酒や囲碁や琴(こと)を好み、世を白眼視して竹林の下に集まり、清談(せいだん)を楽しんだ、阮籍(げんせき)、山濤(さんとう)、向秀(しょうしゅう)