エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント1件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
高野山、曼荼羅の宇宙(1) 九度山・天野 神々がいます里
和歌山県北東部に位置する高野山は、平安初期の僧、空海によって開かれた、日本仏教の一大聖地です。弘... 和歌山県北東部に位置する高野山は、平安初期の僧、空海によって開かれた、日本仏教の一大聖地です。弘仁7年(816)、空海は嵯峨天皇に願い、高野山を賜り、七里四方に結界しました。空海は、なぜ1000メートル級の峰々に取り囲まれた山上盆地に、密教修禅の道場を開いたのでしょうか。日本仏教史の研究者、西山厚さんとともに、開創から1200年を迎える聖地高野山をめぐり、空海の祈りの心を探ります。 高野山は、紀伊山地北部の山々の総称。古来、神々が鎮まる特別な場所として信仰され、熊野三山・吉野・大峯とともに「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されている 空海の姿を追って、まずは参詣道の入り口にあたる九度山(くどやま)へ。中腹の天野(あまの)には、高野山の地主神がおわしました。 狼の上で狐が踊る図柄で知られる棟方志功の『狐狼の柵』は、歌人・吉井勇の歌から想を得た連作のひとつで、歌も刻まれている。
2015/04/02 リンク