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堀川六条 義経邸での出来事 弟を許さなかった頼朝 - こうへいブログ 京都案内と文章研究について
兄はなぜ怒っているのか 文治元(1185)年、源頼朝の密命を受けた土佐坊昌俊(しょうしゅん)が京へ... 兄はなぜ怒っているのか 文治元(1185)年、源頼朝の密命を受けた土佐坊昌俊(しょうしゅん)が京へと向かっていました。 目指すその場所は、現在の西本願寺の近くにあった源義経と恋人の静、その二人が住む邸宅です。 このとき義経は、実の兄である頼朝から絶縁宣言をされ、鎌倉へは二度と戻ってくるなと命を受けていました。 義経を亡き者にしようと、ついに頼朝は昌俊を刺客として京に送り込んだのです。 ところが、義経の直近である約200名の家来たちというのは、非常に優秀な者たちが揃っていましたので、そう簡単に、頼朝の思惑通りにはならなかったんですね。 直近の一人である江田源三(げんぞう)がいち早くこの異変に気付き、街中に潜んでいた刺客の昌俊を見つけ出し、すぐに捕らえてきました。 ですが、義経はどこか半信半疑だったのでしょうか、兄が本気で自分を殺しにくるとは今だ信じられず、昌俊をすぐに釈放してしまったのです。




2021/10/13 リンク