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大通寺 西八条禅尼 源実朝と過ごした日々 - こうへいブログ 京都案内と文章研究について
京から鎌倉へ 享年28という若さでこの世を去ってしまった源 実朝(さねとも)。 その鎌倉幕府・第三... 京から鎌倉へ 享年28という若さでこの世を去ってしまった源 実朝(さねとも)。 その鎌倉幕府・第三代将軍のわずかな生涯に、より添うように生きた一人の女性がいました。 実朝が亡くなり、京へ戻った彼女は出家し、「西八条禅尼」(にしはちじょう ぜんに)と人々に呼ばれることになります。 彼女の幼名は千世(ちよ)。父は、大納言まで出世した公家の坊門信清です。 都の屋敷から実朝のもとへと旅立つ花嫁行列には垣根のような人波が出来ていました。 それは元久元年(1204)冬のこと、関東の武家たちに政権を奪われ、すでに十余年の月日が流れています。 見送る京の皇室や公家の人々の心中には複雑なものがありました。 というのも、泣き泣き故郷を出て、東方の武家に嫁に行く哀れな姫だと千世は同情されていたのです。 でも、この時の千世の心境は意外なものだったんですね。 そう、彼女はそんなか弱い女性ではなかったのです。常に行動




2022/09/29 リンク