エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
(続)お寺の創建年をめぐって ~ 永享2年(1430)か永禄2年(1559)か ~ - 坊さんブログ、水茎の跡。
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
(続)お寺の創建年をめぐって ~ 永享2年(1430)か永禄2年(1559)か ~ - 坊さんブログ、水茎の跡。
5月最終日。すでに30度を超えています。 午前中のご法事は冬の衣を身につけましたが、いよいよ明日から... 5月最終日。すでに30度を超えています。 午前中のご法事は冬の衣を身につけましたが、いよいよ明日からは夏衣ですね。 お寺の睡蓮が涼しさを運んでくれます。 先日、お寺の創建年をめぐって、永享2年(1430)と永禄2年(1559)の2つの説があることを書かせていただきました。 (過去記事です) www.mizu-kuki.work あたらめてまとめてみると以下のようになります。 ① 永享2年(1430)2月の創建と記されているもの。 ⑴ 『那須郡誌』(大正13年〔1924〕) ⑵ 『那須郡誌』(昭和24年〔1949〕5月) ② 永禄2年(1559)の創建と記されているもの。 ⑴ 『栃木県史 第4巻』(昭和9年〔1934〕12月) ⑵ 『沿革誌』(昭和54年〔1979〕3月5日) そして普濟寺に伝わる文書2冊(A(昭和3年〔1928〕)、B(書写年未詳))には、「永禄二戌」とありました。永禄2年

