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繰り返し戦争を回顧 後悔語る|昭和天皇「拝謁記」 戦争への悔恨|NHK NEWS WEB
「拝謁記」には、昭和天皇が繰り返し敗戦に至る道のりを振り返り、田島長官に悔恨の念を語ったと記され... 「拝謁記」には、昭和天皇が繰り返し敗戦に至る道のりを振り返り、田島長官に悔恨の念を語ったと記されています。その多くは開戦を止められなかったことに対するものでした。 張作霖搭乗の列車爆破現場(昭和3(1928)年) 昭和3年、中国に駐留していた「関東軍」が満州軍閥の張作霖(ちょうさくりん)を乗っている列車ごと爆破して殺害した事件。 田中義一首相(昭和4(1929)年) 昭和天皇は、事件をあいまいに処理しようとした当時の田中義一総理大臣を叱責しましたが、首謀者が停職になっただけで事件の真相は明らかにされませんでした。3年後、関東軍は独断で満州事変を引き起こし、政府もそれを追認しました。 「拝謁記」の中で、昭和天皇は軍が勝手に動く様を「下剋上」と表現して繰り返し批判したと記載され、昭和27年5月30日の拝謁では「考へれば下剋上を早く根絶しなかったからだ。田中内閣の時ニ張作霖爆死を厳罰ニすればよか
2021/12/04 リンク