神保町の匠 - 教師はつらいよ

３６歳の英文学者・夏目漱石が、文学の本質を捉えるべく全力を傾けた『文学論』は、数式のような次の１句をもって始まる。――凡そ文学的内容の形式は（F＋f）なることを要す。 つまるところ、文学には、モノやコトのような材料（F）と、それに伴う情緒（f）とが必要だ、ということなのだが、これを授業で突然浴びせかけられた学生たちは驚愕したことだろう。 「倫敦（ロンドン）に住み暮らしたる２年は尤も不愉快の２年なり」という海外留学から憮然として戻ってきた漱石を迎えたものは、東大英文科主任ラフカディオ・ハーンとの交代劇だった。文学の香り高い講義で学生の人気の高かったハーンの給料で、漱石ら新任教師３人の給与を支払ってなおお釣りがきたというから、この「お雇い外国人」教師との交代は避けがたいものだった。しかし、この「ハーン先生を追い出した」大英帝国帰りの新任教師は、先の尖ったピカピカの靴をはき、カイゼル髭を授業中、