トップへ戻る
新型コロナの状況
philo1985.hatenablog.com
論点: 真理は、第一義的には「覆いをとって発見すること」とは別のところで考えられる必要があるのではないか。 根本的なところから考え直してみることにしよう。ハイデッガーが『存在と時間』において主張した...
本題のメシアのほうに戻りましょう。このテーマについては、危険なポイントであることは否めませんが、次のような時代認識と切り離して考えることができません。 「万物の終わりが、迫っている。」 キリスト者の...
赦しについて考えはじめるにあたって、もう一度、Sさんの問いを掲げておきます。 「他の人にたいして赦されえないほどに重い罪を犯したとして、その罪が赦されるとはどのようなことだろうか?罪が赦されるという...
『三酔人経綸問答』において、人類の理想を語る洋学紳士君に引きつづいて演説の二番手を務めるのは、豪傑君です。彼のロジックは、洋学紳士君に勝るとも劣らない極論に到達することになります……。これから、彼の...
読書の秋なので、最近読んだ本のことを取りあげてみることにします。今年の4月に出た、國分功一郎さんの『近代政治哲学 ー自然・主権・行政』(ちくま新書)は、とても勉強になりました。著者の國分功一郎さん...
1月17日にゲンロンカフェで行われたイベント『現代思想の使命』の内容について、ここで多くを語るのは控えておくことにします。その頃、世を騒がせていたシャルリ・エブド事件についてのコメントにはじまって、ニ...
前回の記事ではブログ文化について論じてみましたが、次はジャーナリズムの世界に目を移してみることにしましょう。私たちはこの領域においても、「サペーレ・アウデ!」の声が響きわたっているのを聞くことにな...
橋本環奈ちゃんが繰りひろげるメンソレータムカンナちゃんの世界を、引きつづき探ってみたいと思います。この短い30秒のなかに、ひとつの意味の宇宙があります。橋本環奈ちゃんのこの動画について論じるにあたっ...
芸術と倫理についての探求がひと段落したので、今日は気楽な話題でひと休みすることにします。 「千年に一人の逸材」といわれて芸能界に登場した橋本環奈ちゃんですが、僕はこれまで、冷静に事態を静観しつづけて...
道徳法則の及ばないところで、むき出しの人間関係を生きる。私たちの時代は、このことの意味がかつてないほど深刻に問われるようになっている時代だと思います。 こうした状況に、むき出しの暴力と性をテーマにし...
これまで見てきた作品のうちでは、死の欲動とでも呼ぶしかないようなものの存在が人間のうちで働いていることが示されていたように思います。死の欲動、あるいはタナトスは、私たちのふだんの生活のなかではその...
当然の報いというべきでしょうか、ハンバート・ハンバートとロリータの関係は、物語が進んでゆくにつれて次第に破綻を迎えてゆきます。この破綻は、ハンバートの魂にとり返しのつかない傷を与えることになり、最...
「私の芸術は、ひょっとすると、洗練されたかたちでの性的な欲望の追求にすぎないのではないか。」たとえそうした疑いがきざしてくることがあったとしても、芸術家はふつう、自らが創りあげた作品の美によって、...
ところで、芸術と倫理のあいだの相克というこの問題については、暴力についで性の領域についても見ておく必要があることは、いうまでもありません。この領域においては、芸術はたえずスキャンダルを巻きおこして...
芸術と倫理は、危うい均衡のうえでバランスを取りつつ、少なくとも表面のうえではつねに和平を保っています。このことの証拠としては、作品の終わりには正義がかならず取りもどされるという事実を指摘することが...
最初に、9条を弁護してゆくうえで、象徴的な人物をひとり取りあげてみることにします。吉田茂は、戦後のこの国の形を作りあげていったという意味において、私たちにとってきわめて大きな存在でした。9条にたい...
9条の弁護は、Bグループの人たち、すなわち、「平和を愛していて理性を優先する人たち」に対して行われるというのが、前回の記事でたどりついた地点でした。今回の記事では、さらにこの弁護をつづけてみたいと思...
「私たち日本国民は、いっさいの戦力を放棄する。」今回のシリーズもここに至って、ようやく9条の側に立って語るときがやってきました。色々な変遷を経て、僕は、「この国はこれからも9条を守っていったほうが...
引きつづき、例の本におけるアーミテージ氏とナイ氏の言葉をたどってみることにしましょう。ちなみに、この二人とも日本国憲法第9条については、2010年の時点においても「改正するのではなく、解釈を変更するこ...
『博士の異常な愛情』という映画をごぞんじでしょうか。1964年に公開されたこの映画は、鬼才・スタンリー・キューブリック監督の代表作であるとの呼び声も高い作品です。まだ観たことがないという方がいらっしゃ...
絶対平和を要求する憲法9条は、国家理性の側からするならば、ほとんど理解不可能なアノマリーとして存在している。言うまでもなく、国家理性はみずからの生き残りに深くかかわってくる軍事の領域を、けっして無...
私たちは前回、9条との関係において自衛隊がどう解釈されてきたのかを見ました。「自衛隊は戦力ではなく、わが国の実力なのである。」それでは、この「実力」はこれまで、一体どのような歴史をたどってきたので...
「憲法からは外れているみたいだけれど、自衛隊って、とりあえずできちゃったんでしょう」。私たちはみなそのことについて、多かれ少なかれ知っています。それでは、私たちの国の政府はこの自衛隊なるものを、日...
これまでのシリーズのなかでは、日本国憲法の今のすがたと未来のすがたに、焦点を当ててきました。けれども、憲法の問題を考えるさいには、本当は何よりもまず、過去にこそ目を向けなければならないところでした...
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって・・・ 日本国憲法前文 「日本国民は、みずからが掲げた崇高な理想を深く自覚する。そして、国際社会のなかで名誉...
今日は、パブリックな言論をめぐる現在の状況を確認したうえで、この国の未来について考えてみることにしたいと思います。私たちは前回、これまでの憲法学におけるスタンダードであったマグナ・カルタ的憲法観に...
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理...
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保証する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。 日本国憲法第11条 私たちは、憲法89条後段が...
公金その他の公の財産は、公の支配に属しない慈善もしくは博愛の事業に対し、これを支出し、またはその利用に供してはならない。 日本国憲法第89条(目下の文脈に応じて一部を削除) 当初の解釈: 国のお金は、...
次のページ
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く