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空母と水上機母艦に関するext3のブックマーク (1)

  • 能登呂 (水上機母艦) - Wikipedia

    水上機母艦への改造はワシントン軍縮条約直後の1923年(大正12年)に計画され、翌1924年(大正13年)に佐世保海軍工廠で工事が行われた[14]。 艦橋前後の上甲板に艙口を覆う木甲板フラットを設けて水上機の搭載位置とし、その上方には鉄骨木板張りの天蓋を設けた[34]。天蓋は右舷側が開放されており、そこから水上機を収容した[23]。水上機揚収用のデリックは前後のデリック・ポストを補強、延長してそれぞれに1基ずつ設けた[23]。射出機は当時の軍縮条約の制限で装備されなかった[35]。後甲板には発動機調製所が設けられ、最前部のサンマータンクを改正して第2甲板に軽質油庫を設けた他、兵員室や飛行機用の諸工場も設置した[34]。 船首楼直後には飛行機への遮風のために隔壁が設けられ、空気抵抗が増したため速力がいくらか低下した[34]。また天蓋を設置したために艦橋からの前方視界が悪くなり、改造完成直後に

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