学習障害を抱えた小学生が、周囲の大人の手を振り払うようにして、たった一人で旅に出る――『暗号のポラリス』。 後ろ向きに下ると過去に戻れる坂道や、二年後から来たメールなど、日常の割れ目から不意に顔をのぞかせた非日常――『ペンギンのバタフライ』。 スランプに陥った高校の吹奏楽部を舞台に、部員たちの喧嘩や団結、恋や友情を描き出す青春群像劇――『ブラスデイズ』。 中山智幸の作品をそんな風に紹介することは勿論間違いではないのだけれど、それだけでは大事な何かが欠けてしまう。他のどんな作家とも違う彼独特の面白さは、ストーリーを語るだけでは決して伝わらないだろう。 その一つが、独創的な言葉の数々。例えば、ムーンウォークの練習に勤しむ男子高校生の姿を「右足と左足の役割が混乱しているようだし、ムーンウォークにはあまり関係ないであろう両手もくねくねと動く。歩く海藻を演じてるようだ」と描写する(『ブラスデイズ』)