1946年、パレスチナで暮らしていた頃のモハマド・ザルカさん(後列中央)/Courtesy Jenan Matari (CNN) モハマド・ザルカさんは恐怖で震えが止まらなかった。パニック状態の群集が、悲鳴を上げ、血まみれの姿で、ザルカさんが住むエルサレム郊外の小さな村になだれ込んできた。 「逃げなさい」。1人の女性が叫んだことを覚えている。ザルカさんは我に返り、家族に知らせるため家へ急いだ。当時12歳だったザルカさんは、自分の人生を覆す戦争が迫っていることを、まだ知らなかった。 1948年4月9日、ザルカさんが住んでいたパレスチナ(当時は英国の委任統治領)のエインカレムから1.6キロほど北東のデイル・ヤシーン村を、ユダヤ人武装組織が襲撃した。国連の記録によると、女性や子どもを含む少なくとも100人が殺害された。多くは衣類をはがれ、整列させられ、自動小銃で射殺された。 この虐殺は「ナクバ(