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ブックマーク / blog.tatsuru.com (60)

  • Googleとの和解 - 内田樹の研究室

    Googleアメリカ作家組合のフェアユースと著作権をめぐる裁判が和解した結果、ベルヌ条約に参加している日の著作権者たちも年5月5日までの期限付きで、コピーライトにかかわる選択をしなければならないことになった。 和解条件によると、2009年1月5日以前に出版された書籍については、 (1)著作権者はGoogleに対して、著作物の利用を許諾するかしないか、許諾する場合、どの程度かを決める権利をもつ (2)Googleの電子的書籍データベースの利用から生じる売り上げ、書籍へのオンラインアクセス、広告収入その他の商業的利用から生じる売り上げの63%を(経費控除後)著作権者は受け取る その代償としてGoogleは著作物の表示使用の権利を確保し、データベースへのアクセス権を(個人には有料で、公共図書館教育機関には無料で)頒布することができる。 ただし、プレビューとして書籍の最大20%は無償で閲

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    graph 2009/03/24
    「自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たち」 無償で、どころかたった20%で反対してるからなあ
  • 読者と書籍購入者 - 内田樹の研究室

    私は論争ということをしない。 自分に対する批判には一切反論しないことにしているから、論争にならないのである。 どうして反論しないかというと、私に対する批判はつねに「正しい」か「間違っている」かいずれかだからである。 批判が「正しい」ならむろん私には反論できないし、すべきでもない。 私が無知であるとか、態度が悪いとか、非人情であるとかいうご批判はすべて事実であるので、私に反論の余地はない。粛々とご叱正の前に頭を垂れるばかりである。 また、批判が「間違っている」なら、この場合はさらに反論を要さない。 私のような「わかりやすい」論を立てている人間の書き物への批判が誤っている場合、それはその人の知性がかなり不調だということの証左である。そのような不具合な知性を相手にして人の道、ことの理を説いて聴かせるのは純粋な消耗である。 というわけで私はどなたからどのような批判を寄せられても反論しないことを党是

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    graph 2009/01/10
    後半禿同|内田さんを文藝家協会に推薦した関川夏央氏と三浦雅士氏は今どう思ってんだろう|「それを書架に置くことが私の個人的な趣味のよさと知的卓越性を表示する本」→わてくしはみすず書房が好き
  • 費用対効果教育 - 内田樹の研究室

    全国私立大学付属・併設中学校高等学校教育研究集会という長い名前の集まりに呼ばれて一席演じる。 教授会がある時間帯なので、ほんとうは断るべき学外バイトであるのだが、なにしろお相手が全国の中高名門校の先生方である。 大学案内をかかえて「あの〜、進路指導の先生にお会いしたいんですけど〜」と腰を低くして職員室にうかがっても、「あ、そのへんに資料だけ置いて帰っていいです」というような扱いを受けてきた身としては、「まとめて営業」できる機会というのはこちらからお鳥目を差し出しても伺いたいところである。 研究集会のテーマは「教育の不易と流行-多様化する社会における一貫教育の役割」というものである。 ちょうど『街場の教育論』が出たところなので、「学校教育は惰性の強い制度であり、社会の変化に即応すべきではない。変化しないことこそが教育の社会的機能なのである」という持論を述べる。 直前の教務委員会で来年度の学年

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    graph 2008/11/17
    最近大学の社会人講座を受けてるんだけど、楽しくてしょうがない。自分の場合は高校生が一番勉強してなくて(チャットで遊んでばっか)、大学生が一番勉強したし勉強が楽しかったな
  • 人を見る目 - 内田樹の研究室

    山形浩生さんが少し前にノーベル賞について、「ノーベル賞受賞者数を政策目標に使うような発想は、ぼくはゆがんでいると思う」と書いている。 「それは自分では評価できませんという無能ぶりを告白しているに等しい。だからぼくは日に必要なのは、ノーベル賞受賞者そのものより、研究や業績を王立科学アカデミー並みの見識と主張をもって評価できる人や組織の育成じゃないかと思うのだ。日でも、何かノーベル賞に比肩するような世界的な賞を作ってみてはどうだろうか?(…) もちろん・・・おそらく無理だろう。日ではそんな賞はすべて地位と経歴と学閥内の力関係で決まり、下馬評は事前にだだ漏れとなり、受賞目当てのロビイングが横行し、結果としてだれも見向きもしないつまらない賞になりはてるだろう。それが日の問題なのだ。」(「論点」、毎日新聞、10月31日) 山形さんの言うとおりだと私も思う。 私たちの社会のたいへん深刻な問題の

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    graph 2008/11/07
    昔InterCommunicationだかで斉藤環さんだかが「光学顕微鏡時代のスケッチに電子顕微鏡でしか見えないはずのゴルジ体のような部分がある」という話があったのを思い出した。
  • どこに就職したらいいんでしょう - 内田樹の研究室

    株式市場の混乱で、ついに新卒者の内定取り消しが出始めた。 以下は朝日新聞の報道から。 米国に端を発した金融危機が、大学生や高校生の雇用に影を落とし始めた。ここ数年は「売り手市場」との声さえ聞かれた就職戦線。しかし、「経済情勢の激変」を理由に、一転して内定や求人の取り消しが相次ぐ事態になっている。急速に冷え込む「雇用」に大学や教育委員会は不安を隠せない。 「このまま入ってきてくれても希望の部署にはいけないと思う。あなたのキャリアを傷つけることになるので、就職活動を再開した方がいい」 関西の私立大に通う4年生の学生(21)は先週初め、5月に内定をもらった大手メーカー(東京)から、電話で内定「辞退」を促された。今月初めの内定式で顔を合わせたばかりの人事責任者は、「業績が悪化し、株価も激しく落ちている。会社はリストラを始めている」と付け加えた。 学生にとっては、留学経験を生かせると考えて内定3社の

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    graph 2008/10/30
    CMの話に当然「ハナテン中古車センター」「関西電気保安協会」もでるかとおもったのに<違う
  • 知識についての知識について - 内田樹の研究室

    毎日新聞の次は『新潮45』。 総合雑誌の廃刊休刊相次ぐ中で苦戦中の『新潮45』も12月号からリニューアルするそうである。 野木正英さんが編集部に参加する。 野木さんは旧友故・竹信悦夫と高橋源一郎さんと灘の同期である。 このトライアングルがどんな過激で愉快な中学高校時代を過ごしていたのかについては源ちゃんと私の対談(『ワインコイン悦楽堂』)に詳しい。 そういうご縁があるので、竹信への供養もかねて、リニューアル『新潮45』に一臂の力を仮すことにしたのである。 野木さん、編集長の宮さん、三重さん、そしていつもの足立さんが御影においでになる。 インタビューのお題は「呪いのコミュニケーション」。 話頭は転々で何を話したのかよく覚えていないのだけれど、その中で「知識がある」ということが今ほど無意味になった時代はないということを話した。 20年ほど前の学会では、学会発表のあとの質疑応答で「重箱の隅をつ

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    graph 2008/09/25
    事象に対して思いも寄らない「知識」と連携できるかどうかなんだと思うのですが難しいのですよね
  • 終戦記念日に思うこと - 内田樹の研究室

    今日は木曜日だと思っていたら、金曜日だった。 一日スキップしてしまったらしい。 つまり、「前日および翌日と見分けがたい(がゆえに消失してしまった)一日」というのがこの三日間の間にとりあえず一日あったということである。 It’s just another day. すばらしい。 代わり映えのしない日。 それこそが私が夢にまで見た夏休みである。 しかし、それも今日で終わりである(わずか三日で終わってしまった・・・) 今日は終戦記念日である。 『秋刀魚の味』のトリスバーでのラスト近くの対話を思い出す。 娘(岩下志麻)の結婚式の夜、友人たち(中村伸郎、北竜二)と別れて、ひとりでバーに立ち寄った平山(笠智衆)に岸田今日子のママが「あれ、かけます?」と坂(加東大介)の好きな軍艦マーチのリクエストを促す。 平山(笠智衆)が黙って微笑むと、軍艦マーチが鳴り響く。 カウンターのサラリーマンの一人(須賀不二

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    graph 2008/08/18
    負け方って格闘技で言う「受身」の取り方なんじゃないかと思った、っていうか内田さんはそう言ってる気がする。
  • そのうち役に立つかも - 内田樹の研究室

    河合塾大阪校で講演。 予備校生たちをお相手に一席。 お題は「日人はなぜ学ぶ意欲を失ったのか?」 せっかくの休日に私の講演を聴くためにわざわざご登校くださった奇特な予備校生たち200人を前に、どうやったら受験勉強が楽しく捗るかというお話をする。 あらゆる受験生は「なぜこんな勉強をしなくちゃいけないのか」という根源的懐疑につねにとらわれている。 当然ですね。 もちろん、受験勉強の必然性はわかっている。 それができないと大学に入れない。 いくつかの教科に現実の実用性があることもわかっている。 例えば、英語ができると英語話者に道を尋ねられたときに、「道を尋ねられた」ということがわかる。古文ができると埋蔵金の隠し場所を書いた古地図などを解読するときに有用である。 だが、必然性と実用性を理解しているだけでは、自分の知的パフォーマンスを向上させることはできない。 受験生としては、そういう外づけ的な理屈

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    graph 2008/07/08
    予備校生相手にこんな話をするなんていぢわるな…w
  • パイレーツ・オブ・チャイナ - 内田樹の研究室

    文藝協会というところに入会したので、会報が送られてくる。 文藝協会はたぶんもともとは寄る辺なき文士たちの相互扶助組織として発生したものではないかと思う。 「寄る辺なき人々」のための相互扶助・相互支援組織というのはたいせつな中間共同体である。 しかし、文藝協会の最近のメインの仕事は著作権の管理である。 私はこれがどうにも、「なんか違うんじゃないか」という気がしてならないのである。 いま著作権の保護期間は50年である(これを国際標準に合わせて70年に延長することを協会は求めている)。 著作者が死ぬと、著作権はその親族に継承される。 だから、文藝協会の会員も相当数は操觚の人ではなく、著作権継承者の方々である。 著作者自身が自分の書き物について、その使途や改変について「ちょっと、それは困るわ」という権利を留保することは許されると思う。 文章が書き換えられて、それに自分の名前がつけられて流布して

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    graph 2008/07/04
    前々から文芸家協会に内田さんを呼んだ人は大きな過ちをしたとしか思えない
  • 恐るべしプーペガール (内田樹の研究室)

    「プーペガール」についてゼミ発表を聴く。 初耳である。 サイバーエージェントというところがはじめたSNSで、いうならば「電脳着せ替え人形」である。 ちょっと前に流行った「セカンドライフ」と似ていて、ヴァーチャル通貨で、ヴァーチャルなお洋服やアクセサリーを購入して、自分の「アヴァター」である「プーペ」(フランス語で「人形」のことである)のワードローブに加えて、毎日着せ替えて、それを自分のお部屋に展示する。 そのコーディネイトを見て、「あら、すてきね」と思ったヴィジターは「すてき」ボタンを押したり、コメントをつけたりする。 すると、プーペの所有者にヴァーチャル通貨(単位は「りぼん」)が入金する。 つまり、センスのいいお洋服やアクセサリーや化粧品をたくさん持って、それをまめに着せ替えている人はどんどん(ヴァーチャル)お金持ちになり、ろくな服を持っていない人で、着せ替え頻度も少ない人は、誰にも相手

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    graph 2008/06/26
    なんかこないだの「兼業ライター、もしくは石田衣良化」論とも関連があるような気がする
  • 被害者の呪い - 内田樹の研究室

    毎日新聞に三ヶ月に一度「水脈」というコラムを書いている。 いささか旧聞に属するが、そこに聖火リレーのことを書いた。 昨日の夕刊に出たので、もうブログに採録してもよろしいであろう。 こんな話。 オリンピックの聖火リレーをめぐる騒動を眺めていて、いささか気になってきた。何か「厭な感じ」がしたからである。何が厭なのか、それについて少し考えたいと思う。 熱い鉄板に手が触れたときに、私たちは跳びすさる。「手が今熱いものに触れており、このまま放置すると火傷するので、すみやか接点から手を離すことが必要である」というふうに合理的な推論してから行動するわけではない。たいていの場合、私たちはわが身に何が起きたのかを行動の後に知る。 聖火リレーにまつわる「厭な感じ」はそれに似ている。 だから、この論件については、誰の言い分が正しく、誰の言い分が誤っているというような「合理的」なことは申し上げられない。それは「

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    graph 2008/05/13
    たたかれそうな内容ではあるけれど、まんま自分が意識していることでもある。
  • キャリアを考える - 内田樹の研究室

    「キャリアを考える」というタイトルのリレー式の講義の順番がまわってきた。 一回 90 分。80 人ほどの学生さんたちを相手に「キャリア教育」のために一席弁じる。 「キャリア教育」というプログラムの問題点についてはこれまでに何度か書いてきた。 就活の学生たちがもっとも苦しんでいるのは「適性・適職」というイデオロギーである。 このイデオロギーはRクルートをはじめとする就職情報産業によって組織的に流布されている。 就職情報産業は営利事業であるから、そこが主力商品であるところの「就職情報」に対するニーズを大量に、かつ継続的に求める「クライアント」を確保することに腐心するのは当たり前のことである。 学生諸君はまさにその「クライアント」である。 就職情報産業にとって「理想的なクライアント」とは、きわめて早い時期から(できれば入学と同時に)就活マインドに火が点き、以後在学中眼を血走らせて就職情報を渉猟し

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    graph 2008/05/01
    実学系の大学出たけど、同級生で全然違う職種希望のやつとか「ちょ、おま4年なにしてたワケさ?」ておもたのを思い出した。
  • 一人では生きられないので死んで貰います - 内田樹の研究室

    中高部の礼拝に呼ばれて、朝七時起きで学校へ。 8時半から中高の700人ほどの生徒たちに「隣人愛」とは何かということについて15分「奨励」というものを行う。 私が選んだ聖句は『創世記』2-18。 「その後、神である主は仰せられた。『人が、ひとりでいるのはよくない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。』」 人間は一人では生きられないように設計されている。 「一人では生きられない」から共生するというのが人間のデフォルトである。 そして、「一人では生きられない度」の高さがその人間の成熟度と相関していると私は考えている。 赤ちゃんは一人では生きられないが、母親がひとりいれば、「赤ちゃん的必要」の過半は満たされる。 子どもが成長すると、「友だち」が必要になる。「先生」も必要になる。「好きな異性」も必要である。 青年になると、「天敵」とか「ライバル」とかひとひねり効いた「友だち」が必要にな

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    graph 2008/03/07
    大人になるっていうのはいろんな人に自分の首ねっこつかまえられていることに気付くことだと思ったことがあるので納得
  • 小学生に英語を必修させる必要があるのか? - 内田樹の研究室

    文科省は学習指導要領を改訂し、小学校五年六年から英語を必修化することを決めた。 愚かなことである。 日語がこれだけできなくなっている知的状況で二カ国語を学ばせる意味がどれほどあるのか。 特にオーラル中心の語学教育の子どものメンタリティへの影響については、もうすこし真剣に考えた方がよろしいのではないか。 英語運用能力を重視する教育機関で何が起きているか、みなさんはご存じであろうか。 論理的には当たり前のことであるが、それは「英語運用能力の高さにもとづく人間的価値のランキング」である。 「英語が他の教科に比較して際だってよくできる」という条件をクリアーしてその教育機関に入学した学生は、当然ながら、「英語ができることは、きわだってすぐれた人間的能力である」というイデオロギーのかたくなな信奉者になる。 これはごく自然なことであるから非とするには当たらない。 けれども、そのような学生たちの教場での

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    graph 2008/02/18
    言語学習ってその言語を使うことへの渇望というか欲望というかそういう生々しい感情が無いとおもしろくないんじゃないかなあ。とか思ってみる。
  • 言語と身体 - 内田樹の研究室

    岡山県高等学校教育研究会図書館部会研究協議会という長い名前の集まりに呼ばれて「言語と身体」と題する講演をする。 オーディエンスは岡山県下の高校の先生方である。 岡山の高校からは多数の卒業生を学にお送り頂いている関係もあり、いそいそと岡山まで出かける。 新神戸に車を置いて新幹線で30分ちょいで岡山である。 岡山は私の母方の祖父の郷里であり、今も伯母と従兄一家が住んでいる。ゼミの卒業生のマキちゃんもいるし、私にとっては懐かしい土地である。 高校の先生たちにはいろいろと申し上げたいことがある。 「申し上げたいことがある」と言っても、別に文句があるわけではなくて、そちらが18歳まで育ててくださった続きをこちらは引き受けて教育をさせて頂いているという「スクラムハーフからスタンドオフへ」というような関係である。 この間のパスの連携に「阿吽の呼吸」というものがなければ、教育はうまく機能しない。 私がま

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    graph 2008/02/06
    るんちゃん…|「パスの精度」の話は良いなあ。
  • 情報と情報化 - 内田樹の研究室

    前にラジオでおしゃべりしているときに養老孟司先生から「情報」と「情報化」というのはまるで違うことだと教えていただいたことがある。 情報化というのは「なまもの」をパッケージして、それを情報にする作業のことである。 例えば、獣を殺して、皮を剥いで、肉をスライスするまでの作業が「情報化」だとすると、トレーに載せられて値札を貼られて陳列されたものが「情報」である。 「情報」(トレーの上に並べられた肉)を他の「情報」(隣のトレー)と見比べているときに、(こちらが豚肉で100グラム200円、あっちは牛肉で100グラム400円・・・というような比較をしているとき)それが「情報化」されたプロセスのことを私たちは考えない。 情報の差異の検出に夢中になっているとき、私たちはそもそもそれらの情報がどうやって私たちの下に到達したのかという情報化プロセスのことをできるだけ考えないようにしている。 私たちの脳は同一の

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    graph 2008/02/06
    ノイズの肌理というのも生の現実をみないとわからないのですよね
  • 美食の国へ - 内田樹の研究室

    「メディアと知」の最終回のゲストスピーカーに卒業生でエディターをしている「だからどうだっていうのよヒロコ」が来てくれて、彼女が作っているさまざまな「美味」について話してくれる。 話を聞いているうちに、「美味」というようなジャンルのがこれほど大量に供与されているのは世界で日だけではないかということにふと思い至った。 むろんヨーロッパにもアジアにも「好事家のための美文化」は豊かに存在する。 けれども、それはあくまで料理人がいたり、地下にワインセラーを持っていたりする選ばれた少数のためのものである。 邦の美のマーケットはそうではない。 これらの雑誌の読者たちはビジネス街のランチや「こなもん」の美情報を求めるヴォリューム・ゾーンな人々である。 そのような日常的物(カツサンドとかオムライスとかおでんとかについての)美情報が国民的規模で熱い関心をもって探求され、かつこれほどに情報

  • 「ふつう」のススメ - 内田樹の研究室

    卒論を四年生たちは全員無事にご提出されたようである。 めでたし、めでたし。 最後のゼミで、ひとりひとりから卒論の自己採点をうかがいながら、私の感想を申し述べる。 読んでわかったことがある。 それは、学生諸君は卒論において個人的に切迫した問題に迂回的に触れている、ということである。 なもん当たり前じゃないかと言うなかれ。 そうでもないよ。 というのは、ご人にとって切迫した問題に触れているなら、どうしてその卒論主題を選んだかをすらすらと言えるはずである。 それが意外なことに、それを自分では言えないのである。 それが「自分にとって切迫した問題である」ということをご人が意識していないのである。 そういうものを何と呼ぶのか、みなさんにはもうおわかりであろう。 そう、「トラウマ」である。 抑圧された心的過程は症状として顕在化する。 卒論はその意味で学生諸君の「症状」なのである。 聞いてびっくりです

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    graph 2008/01/18
    「制服を着ると画一的になる」とか言う声の方がよっぽど画一的な思想であります故。
  • 変革が好きな人たち - 内田樹の研究室

    関西電力のInsightの取材がある。 お題は「変革」。 オバマさんもChangeを掲げて、ヒラリーさんと激しいバトルを演じているので、時宜にかなったご選題である。 しかし。 私は実は「変革には反対」なのである。 とりあえず、現代日で「根底的な変革を」という言い方をしている人に対しては不信感をぬぐえないのである。 「根底的な変革」をすることが喫緊の課題であるためには、制度が「根底まで腐っている」ということが前提にある。 でも、ほんとうにそうなのだろうか? どのようなトラブルについても、最初にしなければならないのは「被害評価」である。 システムのどの箇所が、どの程度の損害を蒙っており、それは今後どのようなかたちで他に波及するおそれがあり、とりあえずどのような補修を必要としているのか。 これはきわめてテクニカルで計量的な仕事である。 悲壮な表情で、悲憤慷慨しつつやる仕事ではない。 過剰な感情

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    graph 2008/01/10
    リセットすれば?ってそれ何てゲーム脳?<違 なんしかとりあえず丁寧さとか誠実さにかけると思うんだ、今の社会文化が。
  • 接続的コミュニケーションの陥穽 - 内田樹の研究室

    舞台が終わったら、肩の荷が下りて、(斉藤先生にいただいたユンケルが効いたのか)風邪も癒え、すっかり元気になった。 木曜は「メディアと知」に先週の関川さんに続いて、今週は江弘毅さんをお招きした。 江さんに大学でお話をしてもらうのは3回目。来学期からはメディア・コミュニケーションコースの「プレゼンテーションの技法」の講師をお願いしているので、その「顔見世興行」である。 今回は単発なので、「メディアで働くということ」というお題でお願いした。 江さん、教壇からコミュニケーションについてのかなりハイブラウな一般理論を講じる。 コミュニケーションには接続・伝達・理解の三段階がある。 接続コミュニケーションは「これはコミュニケーションですよ」という合図のことである。 「交話的コミュニケーション」とロマン・ヤコブソンが名付けたものである。 「もしもし」とか「後ろの方、話、聞こえてますか?」というようなもの

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    graph 2007/12/21
    内田さん的KYのお話。ケータイは毛づくろいな気もするので、ははん。