『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』(イースト・プレス)は、高校卒業後に単身ロシアにわたり、日本人としてはじめてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した文学研究者・奈倉有里さんによる随筆集だ。2002年から2008年のロシア滞在で交流を得た教師と学友たちとの思い出や、その後しだいに分断と言論統制が進んでいくロシアの姿を、かつて抑圧に立ち向かった作家たちの言葉を引きながら綴っていく。 その語り口は穏やかでありつつものびやかで、誠実につむがれた一語一句は、ページをめくるたびに読者の心へじんわりと染みわたってくる。そして、本書は言葉の尊さをたしかなかたちで感じさせると同時に、人の奥底にある「心の故郷」とも呼ぶべき存在について、多くの示唆を与えてくれる一冊でもある。 「心の故郷」の感覚 筆者自身は残念ながら、これまでロシアを訪れたことはない。しかし不思議と、本書を読むとちょうど自身にも