恐ろしいほどにタイムリーな小説である。われわれは、今、秋葉原で起きた連続殺傷事件――一種の「無差別テロ」――に戦慄している。このような事件がなぜ起きたのか、なぜ起こりえたのかに当惑し、恐怖を覚えている。この度の平野啓一郎の長編小説『決壊』は、この秋葉原の事件を彷彿とさせるような――あるいは秋葉原の事件を予見するような――連続殺人事件を描いている。 『決壊』の主人公の沢野崇は、国会図書館に勤める、有能で知的な調査員である。独身だが、女性にはよくもてて、何人も恋人がいる。二〇〇二年十月、京都の三条大橋で、バラバラ遺体の一部が、犯行声明付きで発見された。やがて、その遺体が、沢野の弟で会社員の良介のものであることが明らかになる。良介が、殺害される直前に崇と会っていたこと、良介の妻佳枝が、良介が密かに作っていたブログにたびたびアクセスし、コメントを付していた人物を義兄の崇ではないかと考えていたこと等