お殿様の参勤交代のお供をして江戸へやって来た武士たち。せっかく花のお江戸へやって来たのだからあれも見たいこれも食いたいと思った事でしょうが、実際の暮らしぶりはどのようだったでしょうか。 江戸詰・立帰・江戸定府 参勤交代は幕府が命ずる軍役の一種なので、お供をして江戸にやって来る藩士は番方勤務、”江戸勤番”と呼ばれます。 この中で江戸へ着いた途端トンボ返りで国許へ戻る者は ”立帰(たちかえり)”、殿様と共に1年を江戸で暮らす者は ”江戸詰・勤番侍” と言いました。対して江戸に居続けて幕府や他藩との折衝や自藩の領民の保護、国許の米や産物の売買に当たる者を ”江戸定府(じょうふ)” と呼びます。勤番と定府の人数比は半々ぐらいです。 18世紀初めの江戸は人口100万、世界有数の大都市ですがその面積の7割が武家のための土地でした。大名家の数は約300で、それぞれが江戸に藩邸を持っています。 勤番侍が暮
