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ブックマーク / sugitasyunsuke.hatenablog.com (3)

  • バックラッシュ、とすら呼べないような - sugitasyunsukeの日記

    赤木智弘さんや白井勝美さんなどの経済弱者系の当事者を読んでいると、女性に対する物の見方にぎょっとさせられることがある。バックラッシュというのですらないような、不気味なほどの保守的な女性観。労働運動や反貧困運動をしている人からも、あまり表立っては批判されないようだ。ぼくにとっては、経済的な貧困の話と性の話は、切り離せないものなので、素朴に不思議に思う。もっとも新左翼にせよ青い芝にせよ、男性の左翼運動の歴史は性暴力の歴史なのかもしれないが……(この辺は『フリーター論争2.0』の4章などでかなりソリッドな議論がされています)。女性の権利運動・リブ・フェミ歴史の蓄積があり、一般の男性には広まらなかったとは言えメンズリブや男性学、あるいはクィアなどの歴史もあるのに。そういう問題を考える余裕がないから経済弱者なのだ、動物的生=性を送らざるをえないのだ、ということなのかもしれないけど、いくらなんでも

    バックラッシュ、とすら呼べないような - sugitasyunsukeの日記
  • 市野川容孝「飢餓という殺害」 - sugitasyunsukeの日記

    メモ。 市野川容孝がフーコーの「生権力」(生きさせるか、死の中に廃棄するという権力)を「餓死するにまかせる権力」として再解釈している(「生‐権力再論――飢餓という殺害」『現代思想』2007年9月号)。 市野川は、餓死というとき、糧不足や栄養失調のみならず、HIV/エイズの薬剤や人工呼吸器がないこと、それらを与えられないまま放置されて死んでいくことをふくめている。作為的に殺すのではなく不作為のまま死ぬにまかせておく権力。 ナチズムの安楽死もまた(ある部分では)、作為的に殺しただけではなく、不作為(放っておくこと)によって例えば精神病院内の精神病者を殺害した。もともと第一次大戦中には、ドイツ国内の精神病院では、約七万人の精神病者が飢えと栄養失調で死亡している。この数は、ナチの安楽死計画によって一九四一年以降に殺害された精神病者の数とほぼ等しいという。ここから目を転じて、市野川は、現在の日

    市野川容孝「飢餓という殺害」 - sugitasyunsukeの日記
  • ケア労働者のワーキングプア化について - sugitasyunsukeの日記

    たんなるメモです。ちゃんと勉強しないと…。 たくっちさんが、ケア労働分野で、雨宮処凛『生きさせろ!』のようなことを述べていられる。さながら「ケア労働者も生きさせろ!」と叫んでいるかのように。 http://blogs.dion.ne.jp/karintoupossible/archives/2007-06.html#5820235 介護労働者が、がんばりやさんのための低賃金長時間不安定労働を強いられていること、そんなことはたぶんだれにとっても自明なことで、それはおそらく、障害者が貧乏で世間の迷惑にならないように生きるよう強いられていること、あるいは障害者ががんばりやさんでなければならないこと、そうしたことが自明であるのと一緒であり、あるいは、生活保護受給者が貧しい暮らしに甘んじなければならないこと、贅沢をしてはいけないこと、そうしたことが自明なことと根っこは一緒なのだと思います。 結局、わ

    ケア労働者のワーキングプア化について - sugitasyunsukeの日記
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