タグ

2017年1月17日のブックマーク (6件)

  • サッカー嫌いの女子高生がオシム監督にハマるまでの180日間 - ゆいむんのむんむん日記

    今朝、こんな記事を読んだ。 内容はタイトル通り、女性のスポーツ観戦者はどうしたら増えるのかという話。 私自身、スポーツを見るのは苦痛という人間だったが、今から10年ほど前にいろいろあって熱狂的なオシム監督のファンになり、ジェフサポになったのでその経緯を細かく書いてみる。 そもそもサッカーが嫌いだった 2002年の日韓W杯。中学3年の私にとってサッカーはただの緑の画面だった。90分も緑と豆粒人間を見続けるなんて苦痛。なのに翌日には高視聴率!なんて狂気の沙汰だと思っていた。 とはいえコミュニティもコミュニティ。女子校で進学校。いわゆるサッカー部のイケメン先輩が周りにいないので、サッカー?なにそれ美味しいの?状態。 どちらかというとみんなさめていた。女子3人くらい集まると、 A子「ちょっとちょっと国民浮かれすぎでは〜??」 B子「いやいやイルファンとベッカムはイケメン」 C子「DFとFWの違い分

    サッカー嫌いの女子高生がオシム監督にハマるまでの180日間 - ゆいむんのむんむん日記
  • 婆ちゃんに戦争の話聞いてきた

    今年87歳になった婆ちゃんに、 正月、田舎帰った時に戦争の話を聞いてきた。 当時「この世界の片隅に」のすずと、 同じような年齢で戦争を経験した婆ちゃんに当のところは、 どうだったのかなと聞いてみたいと思ったのがきっかけだった。 婆ちゃんは7人兄弟の三女。 婆ちゃんのお母さんは、早く亡くなっていて 物心ついたころには、後としてきたお母さんに育てられたそうだ。 婆ちゃんが子供のころは婆ちゃんのお父さんは事業に成功していたらしく 家にはお手伝いさんが何人もいたらしいのだが、 戦争前に事業に失敗。 家は途端に貧しくなったらしい。 たまたま勉強が優秀だった婆ちゃんは、 小学校の先生が何度も何度も婆ちゃんの家に来て 婆ちゃんを女学校に入れて欲しいと、お父さんを説得したそうだ。 当時はまだまだ少なかった奨学金の話を持ってきてくれたり、 授業料免除の手続きなどをするなど、 当に熱心に動いてくれたらし

    婆ちゃんに戦争の話聞いてきた
    koichi99
    koichi99 2017/01/17
    祖母はときどき戦争時の話はしてたけど、当時はまだちゃんと聞こうという歳でもなかったからなあ。今となっては、もっと聞いておけば良かったなとは思ってる。
  • Jリーガーだった。

    Jリーガーだった。 つい先日、取引先の人に「前の会社ではどんな業務をしていたの?」と聞かれた。「プロ契約でサッカー選手をしていました。」と聞かれたら驚かれた。僕はJリーガーだった。でも、かつて所属していたクラブのサポーターですら、僕の名前を聞いてもピンと来ない人も多いだろう。その程度の選手だった。経歴を詳しく書いても、僕のことが分かるのは僕の知り合いくらいだろう。なので書いてみる。 山に囲まれたド田舎に生まれた。7歳で幼馴染とスポーツ少年団に入った。たまたま県選抜に選ばれて、地元の広報に載ったりしてちょっとした人気者だった。小学校6年生の時、県外のプロサッカーチームのジュニアユース入団試験を受けた。もし合格していたら、両親は仕事を辞めて、家族で引っ越す予定だった。ジュニアユースに入っても、そこからトップチームまで昇格してプロになれるのは一握りなのに、仕事を辞める覚悟で応援してくれた。でも僕

    koichi99
    koichi99 2017/01/17
    すごくいい文章だったのに、もったいない。今となっては、カズ・ゴン以外は全員年下なんだけど、未だに選手に話しかけられないんだ。プロ選手って、そういう存在。
  • 飼っていた猫が死んで7年、生前よくやっていた『謎の行動』の意味が今分かって号泣「うちの猫もこれやる」

    遠山曜 @yoto @ragdoll_kana リプライありがとうございます。死んでからも、幸せに暮らしてくれてたのかずっと気になってたんですが、少し救われた気がしました。 2017-01-16 12:09:02

    飼っていた猫が死んで7年、生前よくやっていた『謎の行動』の意味が今分かって号泣「うちの猫もこれやる」
    koichi99
    koichi99 2017/01/17
    うわぁ。よし、ゆっくり瞬き試してみよう。
  • 元Jリーグ専務理事 木之本 興三氏 ご逝去のお知らせ:Jリーグ.jp

    Tweet 2017年1月15日15時38分、元Jリーグ専務理事の木之興三氏がうっ血性心不全のため千葉大学医学部附属病院にてご逝去されました。ここに故人の生前のご功績を偲ぶとともに、謹んでお悔やみを申し上げます。 木之氏は日サッカーリーグ(JSL)事務局長や総務主事を歴任され、日サッカーのプロ化に尽力されました。またJリーグ設立後も、社団法人日プロサッカーリーグ常務理事(在任期間:1991年11月1日~1998年7月21日)や専務理事(在任期間:1998年7月21日~2003年8月31日)のほか、ジェイリーグ映像株式会社、ジェイリーグフォト株式会社、株式会社ジェイリーグエンタープライズ社長などを歴任されました。ご逝去の訃報に接し、以下のとおり、村井満チェアマンのお悔やみの言葉をお伝えします。 「突然のご訃報に接し、いまだに信じることができません。一昨年に対談取材でJFAハウスにお

    元Jリーグ専務理事 木之本 興三氏 ご逝去のお知らせ:Jリーグ.jp
  • 大水害、昆虫は生き残れたか 小4が研究、生命力に驚嘆:朝日新聞デジタル

    一昨年9月に大規模な水害に遭った茨城県常総市で、浸水した土地にすんでいた虫たちはどうなったか? 昆虫好きの小学4年生が現地調査を重ねてまとめたリポートが、筑波大学の「科学の芽」賞に選ばれた。125個の標などを元に導いた結論は「虫たちの生命力は想像をはるかに超えていた」――。 「科学の芽」賞は小・中・高校生対象の理科コンクールで、11度目の今回は過去最多の2919点の応募の中から21点が選ばれた。つくば国際大学東風(はるかぜ)小(守谷市)4年の田村和暉(かずき)君(10)は、県内から唯一の受賞者だ。 東風小は常総市の浸水域の南端から南に約7キロ。水害の痛ましいニュースは小学生の胸にも刺さった。同時に、校内やご近所で「昆虫博士」の異名を持つ田村君は「数日浸水した地域で生き残った虫はいるのだろうか」と疑問を抱いた。 半年が過ぎた昨春、県自然博物館(坂東市)の企画に参加して昆虫標の作り方などの

    大水害、昆虫は生き残れたか 小4が研究、生命力に驚嘆:朝日新聞デジタル
    koichi99
    koichi99 2017/01/17
    将来有望。