ぼくは「努力(=頑張ること)」それ自体には、まったくの価値はないと考えています。この考え方は比較的珍しいようなので、解説してみます。 「頑張っている」のはどうでもいい 「頑張ること」が誉め称えられるのは、子ども時代の話です。「よく頑張ったねぇ〜」「(ニコニコ)」。 大人の世界においては、悲しいがな、「頑張った」ということは、それ自体評価されません。評価されるとしても、それは「成果」とセットです。「大きな損害を出したけど、おまえは今回よく頑張ったなぁ。頑張りを評価して昇級だ!」ということには、そうなかなかならないわけです。 「頑張っていること」を評価するというのは、実は危険な考え方です。 社会への憎悪 まず第一に、「自分はこんなに頑張っているのに、なぜ認めてくれないんだ!」という憎悪に繋がります。 ぼくはこのブログを超ガンバって更新しています。でも、アクセスが伸び悩んでいます。これはおかしい