ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (7)

  • 親密さの設計 - 傘をひらいて、空を

    二十歳のとき、「作戦を立てずに生きていたらいずれ人間関係がなくなるな」と思った。わたしは基的にひとりでいたかった。自分の家族を持つにしてもひとりでいる時間はほしいと思った。昔の村社会みたいなところに所属するのはいやだった。でも完全にひとりになるのがよいのではなかった。 個人としてぶつかるあらゆる問題のもっとも身近な対処例は親だ。わたしの親はたがいにいくらか親密に見えて、あとは数名の親戚があった。母親には年に二度ばかり会う友人が一人いて、ほかにも少しは知り合いがいるようだった。父親は会社の人間関係と自分のきょうだい以外に親しく口を利く相手はいないようだった。会社の人間関係は退職したらそれきりだろうというのもよくわかった。両親にももちろんその両親がいたが、いずれもすでに亡かった。 わたしは思った。この人たちみたいなのは、無理だ。両親のたがいの親密さもさほど強くないように思われるのに、近所づき

    親密さの設計 - 傘をひらいて、空を
    koyor
    koyor 2019/07/17
  • プリキュアになれなかった女の子 - 傘をひらいて、空を

    世のため人のために働くんだと思っていた。わたしは無邪気な自信家だった。将来はずっと口を糊することができると信じていて、それ以外の余剰があって、それでもって人に尽くすんだと思っていたのだから。高校生になっても、大学生になっても、なんなら社会人になってもしらばらく、その夢想を保持してた。ばかみたいだと自分でも思うけど。 ばかみたいでしょう。でもわたしの育った環境ではそれをばかにされることがなかった。外資系でがんがん稼ぐんだとか、すてきな異性にもてたいとか、そういう人もいたけれど、同じくらい、世のため人のため身を粉にするぞと思っている人もいた。その幼い夢をかかげて、わたしはある省庁に入職した。ばかみたいでしょう。ねえ。 わたしには人生の足踏みが少なかった。浪人せず、留年もせず、最短ルートで就職した。努力は必要だった。その努力の目的はもちろん世のため人のためだった。わたしは子どもだったと思う。自分

    プリキュアになれなかった女の子 - 傘をひらいて、空を
  • やさしさを集める - 傘をひらいて、空を

    新聞を読む。正確には、めくる。読むのは一部だ。見出しに目をとめる。文章の全体を視界に入れる。二秒あれば自分に必要な記事かそうでないかがわかる。この作業をはじめて二年目、われながら手慣れたものだ。わたしはそれを読む。わたしははさみを手に取る。わたしはそれを切り取る。「十二歳も十四歳も信じよう」。作家のコラム。子どもによる殺人事件を受けて、年齢で区切った名付けをするべきではないという内容。わたしも十四歳だ。何冊目かのファイルはすでに厚くふくれあがってごわごわしている。わたしは新聞のインクのついた指をぬぐい、それからベッドに横たわる。ファイルを胸の上に置く。新聞記事、ときどき雑誌の記事、たくさんあってうれしい。 わたしはやさしさについて考えていた。ずっと考えていた。いつからか覚えていない。やさしいというのはごはんを作ってくれることではない、とわたしは思った。十歳くらいだったと思う。やさしいという

    やさしさを集める - 傘をひらいて、空を
    koyor
    koyor 2017/12/31
  • 幸福に帰る - 傘をひらいて、空を

    重いでしょう、と彼女が言う。重いねと私はこたえる。ごめんねと彼女が言う。誰かに聞いてほしくて。ひとりじゃ受け止められなくて。 こういう会話は何度目だろう、と私は思う。何十回もしたと思う。私は、人の話を聞くのが好きだ。何を聞いてもおもしろがっている。おもしろおかしい話じゃなくても、今日みたいに重苦しい話でも「おもしろい」。要するに他人をコンテンツだと思っているのだろう。不幸な話であっても、自分まで苦しくなることはない。その場では喉の奥からなんか上がってくるような感じがするけど、引きずらない。共感能力というものがあんまりないのかもしれない。 けれども私はそのことを言わない。ちゃんと共感しているいい人みたいな顔をしている。善良で友情あふれるまともな人みたいな顔をしている。そのほうが得をする。友人だからといって自分の卑しいところまで見せる必要はない。そういう種類の嘘はほかにもいくつもついている。積

    幸福に帰る - 傘をひらいて、空を
    koyor
    koyor 2016/09/06
    "その幸福は、誰かがいてくれるとか何かを持っているとか、そういうのではなくって、生きていることがだいたいいいことだという、確信みたいなものなんだ。"はい。
  • 鯨骨生物群集 長女 - 傘をひらいて、空を

    きょうだいのいちばん上というのは損なものだといつも思っていた。四人もいるからいちばん上の私の責任は重い。妹がふたりいて、上の子はぼおっとしているかと思えば急にわけのわからないことを言い出して親を怒らせる。見た目がひどいから余計に腹立たしい。見栄えに恵まれなければおとなしくして人の役にたつことをしていればいい。そういうことは母がそれとなく示唆してくれた。とはいえ母の言うことは抽象的な愚痴に過ぎなくて、具体化するのはすべて私の仕事だった。 上の妹には小さいころからよく言って聞かせたし褒めたりもしてやったから家事はよくやる。もちろん私も下の妹もローテーションでお皿を洗うし掃除もするけれど、麺類なんかの簡単な土曜日の昼を作るのは小学校高学年の時分から上の妹だし、後の林檎を剝くのも鍋の焦げを剥がして磨きあげるのも上の妹の仕事だ。私には家中を見張る仕事があるし下の妹には下の妹の役割がある。 父はほ

    鯨骨生物群集 長女 - 傘をひらいて、空を
    koyor
    koyor 2015/06/18
  • かぐや姫は帰らない - 傘をひらいて、空を

    それでどうするのと、結果をほとんどわかっていながら訊く。彼女はあははと笑う。少しも悩んでなんかいなくて、どちらかというとちょっと苛ついている、そういう気配のはりついた、笑い。私はそのこだまとしてあんまり意味のない笑いを笑い、その残響が消えるまで、半開きの口で待つ。私はそういうばかな犬みたいな役割がすごくよく似合うし、そのことをけっこう誇りに思っている。重要ではなく、危険ではなく、半ば空洞のような、よくはずむ会話のための少し気の利いた壁みたいなもの。そういう役回りが必要な場面はけっこうあって、誰も自分がやりたいとは思わないんだろうけれど、やっている側の私にしてみればかなりお得で、やたらと人の話が聞ける。私は人の話を聞くのが好きだ。 メールの返信しないんだから悟ってくれないかなあと彼女は言う。今度の人は何がいけなかったのと私は尋ねる。それを受けて彼女は、何度か事をした相手がいかに唐突な意思表

    かぐや姫は帰らない - 傘をひらいて、空を
    koyor
    koyor 2015/06/05
  • 正しい愛 - 傘をひらいて、空を

    抜栓する夫の手つきを彼女は好きだった。だからほほえんでそれを見ていた。彼は彼女のグラスとそれから自分のグラスの前でボトルを傾けた。ありがとうと彼女は言った。夫は上機嫌で彼女も同じくらい機嫌がよかった。それは久しぶりに彼らの双方が翌日に仕事を抱えていない夜で、彼らは順繰りに仕事の話をし、相互に感想を述べた。彼らはふたりとも、思考にいささか攻撃的なところがあり、ひどく明瞭な発音の早口で、相手の頭の回転の速さを好んでいるところがあった。 ほんとの夫婦の会話ってたぶんこういうんじゃないんだろうなと彼女は、頭の裏でぼんやりと思う。ほんとうの夫婦。正しい夫婦。そんなものは存在しないと知っているけれど、同時に彼女の頭の中にはいつだってその片割れがいる。正しい。都度の言動がほんとうはどうなされるべきだったかを、だから彼女はひとつひとつ知っている。 正解は、と彼女は思う。正解はワインを開けさせないこと。弱

    正しい愛 - 傘をひらいて、空を
    koyor
    koyor 2015/02/18
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