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ブックマーク / number.bunshun.jp (41)

  • 4カ国で予選突破、うち3カ国でW杯前に解任…なぜハリルホジッチは“モロッコ国民の敵”になったのか「たとえ名前が“メッシ”でも呼ばない」(長束恭行)

    8月15日にモロッコの首都ラバトからパリに向かう直行便で目撃されたという情報以外、まったく動向がつかめなかったハリルホジッチだが、解任発表から8日後、旧知のクロアチア人記者に初めて重たい口を開いた。4年前の日本代表監督解任の際も酷く落ち込み、取材電話に初めて応対したのが発表4日後だったことを振り返れば、改めてショックの大きさが窺える。 サッカー人生の総決算になるはずだったカタールW杯 フランス語圏で監督キャリアを築き上げたボスニア・ヘルツェゴビナ出身のハリルホジッチだが、ディナモ・ザグレブを指揮した頃に深く接してきたクロアチア記者陣に彼はもっぱら心を開く。このほどクロアチアのサッカーメディア『Germanijak』に掲載された独占インタビューで、彼はカタールW杯をサッカー人生の総決算に考えていたことを初めて明かした。 「私がW杯で指揮したのはたった一度、アルジェリア代表だけ。ブラジル大会の

    4カ国で予選突破、うち3カ国でW杯前に解任…なぜハリルホジッチは“モロッコ国民の敵”になったのか「たとえ名前が“メッシ”でも呼ばない」(長束恭行)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/08/24
    国歌のくだりは同意しないし、モロッコのスター選手とのコミュニケーションも監督として確かに足りなかったように見える。ただ日本にいた頃は選手には割と好かれている印象があった。好き嫌いがあるのかな…
  • 高校生イチローは“練習しない天才”? 同級生が語る真相「一朗にとって名電も甲子園も通過点」「日経新聞読んでた」「2本は予告付き本塁打」(赤坂英一)

    ところが、昨年12月になってイチローが突然「日が迫ってるからしっかりやれ」と言い出した。打撃投手やノッカーを務めるのは、気モードのイチロー自身だ。 高田たちが練習場で歩いていただけで、「ダッシュだ!」とどやされる。イチローがノックする打球を下がって捕ったら「前へ出ろ、前へ!」。打球を身体で止めると「そうそう、それだ!」。時には「野球をナメるな!」と厳しい活も入れられる。 「もう、怖い、怖い。イチローに散々しごかれたおかげで足がパンパン。当日は強力なロキソニン飲んで試合に出ました」 投手イチローとバッテリーを組んだ捕手が覚えている練習 イチローは現役時代、人一倍練習で汗を流し、自らを限界まで追い込んでいた。草野球でも妥協を許さぬ姿勢は変わらない。高校時代、投手のイチローとバッテリーを組んだ同級生の捕手・畑憲作が言う。 「僕らの高校時代、1980~'90年代の“名電野球”です。昔は毎日そうい

    高校生イチローは“練習しない天才”? 同級生が語る真相「一朗にとって名電も甲子園も通過点」「日経新聞読んでた」「2本は予告付き本塁打」(赤坂英一)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/08/15
    かっけー。イチローみたいにクールでカッコイイのも、大谷くんみたいにニコニコ楽しそうなのも、どちらもプロフェッショナルで好き。
  • 「やんちゃでした」“異色の経歴”日本代表・前田大然24歳、高校サッカー部から1年間除籍されていた「地元のパン屋でバイトして…」(栗原正夫)

    カタールW杯開幕まで4カ月……日本代表26人のメンバー枠を狙うFW前田大然(24歳)のインタビュー。昨年J1得点王に輝き、代表にも定着しつつある前田だが、じつは高校時代にサッカー部から除籍された“空白の1年間”があった。当初はボールも満足に蹴られなかったという日々を振り返る(全2回の2回目/前編へ)。 「あの“1年”がなかったら、僕はいまこうしてサッカーをしていなかったと思います。だから、僕にとっては貴重な時間でした。もちろん辛かったですし、多くの人に支えてもらったことは忘れていません。ただ、もしあの時間がなかったらと思うと、自分でも少しゾッとします」 決して美化するような話ではないかもしれない。だが、振り返れば、その時間は前田大然(セルティック)にとって必要不可欠だったのだろう。 2016年に高卒でプロ入りし、21年には横浜F・マリノスで圧倒的なスピードを武器に、Jリーグ史上2番目の若さ

    「やんちゃでした」“異色の経歴”日本代表・前田大然24歳、高校サッカー部から1年間除籍されていた「地元のパン屋でバイトして…」(栗原正夫)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/07/24
    ブラジル人を騙すな!の人だ。https://blog.domesoccer.jp/archives/60157935.html
  • 千代の富士「若貴ブームは2人だけど、ウルフフィーバーは俺1人」SNSで再脚光を浴びた大横綱の肉体美と“視聴率65.3%”の伝説(荒井太郎)

    「カッコイイと思って思わず保存したけど、なんて言う名前の力士なんですかね? 無知ですみません」 2枚の写真が添付された、あるツイートをきっかけに、40代半ば以上の世代ならおそらく誰もが知っているかつての大横綱が最近、SNS上で大きな話題となった。 キリっと引き締まった表情の目からは鋭い眼光が放たれ、力感たっぷりに両こぶしを握って仕切るときの胸や肩から上腕にかけての筋肉の隆起は、まさにギリシャ彫刻を思わせる美しさ。写真からでもピンと張り詰めた緊張感が伝わってくる。横綱土俵入りの雄姿も凛々しく、思わず惹き込まれてしまうほどだ。

    千代の富士「若貴ブームは2人だけど、ウルフフィーバーは俺1人」SNSで再脚光を浴びた大横綱の肉体美と“視聴率65.3%”の伝説(荒井太郎)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/05/08
    千代の富士はかっこいい…が、60歳の若さで亡くなってしまい、身体にだいぶ負荷をかけてたのかなという気もする。体脂肪率10%前後という噂を聞いた。/若隆景が優勝以降相撲ファン以外にも人気出てきて嬉しい
  • なぜオシムさんの死はこれほど悲しいのか…「心から深く真剣に愛情を注いでくれた」「“日本の教育”に一石を投じた」ファンが寄せた名将への感謝(NumberWeb編集部)

    稀代の名将がこの世から去ったという一報を受けて、SNS上では数多くのサッカーファンから悼む声が。さらには阿部、巻誠一郎、水野晃樹らといった“教え子”たちも、オシム監督への感謝の言葉をつづっています。 3月にNumberWebで実施したアンケート『サッカー日本代表の30年、あなたが選ぶ「最高の名将」は誰ですか?』で、オシムさんは500を超える全体の得票数のうち、約35%を占める断然の1位に輝きました。 なぜオシムさんはこれほどまで、日人から愛されたのか。 アンケート結果発表の際にご紹介しきれなかった「ファンからオシムへの感謝」を掲載します。 1)日サッカーの進化を促す育成・戦術アプローチ オシム監督のサッカー哲学で代名詞となったのは「考えながら走る」。スキルと走力、連動性を融合したスタイルによって、ジェフは当時国内最強と言われたジュビロ磐田相手に完勝を飾るなど、一気に躍進。2度のナビスコ

    なぜオシムさんの死はこれほど悲しいのか…「心から深く真剣に愛情を注いでくれた」「“日本の教育”に一石を投じた」ファンが寄せた名将への感謝(NumberWeb編集部)
  • 平野歩夢“あの2本目”不可解採点…北京五輪・日本人ジャッジが初めて明かす“審査員たちが話していたこと”「僕は平野選手を上にしましたが…」(矢内由美子)

    あの平野歩夢2目採点…日人審判はどう見た? 北京五輪のスノーボード男子ハーフパイプで平野歩夢が悲願の金メダルを獲得してから約2カ月半が過ぎた。五輪史上初となるトリプルコークを成功させて頂点に立った平野の勇姿は、今もなお記憶に鮮明だ。けれども一方で、平野の2目の点数がスコッティ・ジェームズ(オーストラリア)より低かったのはおかしいのではないか、という疑念も人々の心にモヤモヤとしたまま残っている。 なぜ、あの採点になったのか。ジャッジルームで何が起きていたのか。北京五輪でジャッジを務めたFIS(国際スキー連盟)公認審判の橋涼氏が自身の見解を明かした。 「平野選手の2目の採点については、実際に僕が選手だったとしたら納得できないと思います。ただ、スコッティ選手の方に高い点を出した審判の判断も理解できます」

    平野歩夢“あの2本目”不可解採点…北京五輪・日本人ジャッジが初めて明かす“審査員たちが話していたこと”「僕は平野選手を上にしましたが…」(矢内由美子)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/05/03
    なるほど…しかし同じルーティーンで完成度を更に高めた3本目を決めた歩夢選手が完璧にかっこよすぎるな…みんながいろいろな意味で幸せになれたと思う
  • 4カ国5名が“犠牲”に…高梨沙羅が泣き崩れた超異例“スーツ規定違反”乱発の「なぜ」と再考されるべき手順《ドイツ監督も激怒》(松原孝臣)

    冬季スポーツ スキージャンプ 4カ国5名が“犠牲”に…高梨沙羅が泣き崩れた超異例“スーツ規定違反”乱発の「なぜ」と再考されるべき手順《ドイツ監督も激怒》

    4カ国5名が“犠牲”に…高梨沙羅が泣き崩れた超異例“スーツ規定違反”乱発の「なぜ」と再考されるべき手順《ドイツ監督も激怒》(松原孝臣)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/02/09
    こっちが涙ぐんでしまうような良い写真…いや全然よくないけど…スポーツにおいてはそのときのジャッジが正であるとはいえ、悔しいなぁ。個人的には順位やメダルはどうでもよく、ただ競技後に笑ってほしかったよ…
  • オシムが阿部勇樹に伝えた「指導者になることを意識しながら、プレーを」 引退までの4年間、たどり着いたラストミッション(塩畑大輔)

    そう。彼はピッチを離れたこの場所で、最後まで「責務」を果たしていた。 サッカー選手・阿部勇樹、最後のミッション。その始まりは、4年前の冬だった。 阿部とオシム、久々の再会を果たしたのちに 2017年12月25日、午後8時。 成田空港第2ターミナルに、1機の旅客機が到着した。90番台の到着スポットは、入国ゲートまでかなり距離がある。長いフライトの疲れもあって、乗客たちは長い通路をフラフラと歩いていた。その間を縫うように、早足で歩く人影がひとつ。 上下黒のスウェット姿。異様なまでに膨れ上がった太ももが、足を進めるたびにリズミカルに収縮している。 阿部、当時36歳。 恩師イビチャ・オシムさんを訪ねた長旅から帰ってきたところだった。 入国手続を終え、到着ロビーに歩み出る。ドーハ国際空港での乗り継ぎで、9時間待たされたこともある。サラエボを出てからすでに、26時間がたっていた。傍らで同行者たちが、ホ

    オシムが阿部勇樹に伝えた「指導者になることを意識しながら、プレーを」 引退までの4年間、たどり着いたラストミッション(塩畑大輔)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2022/01/22
    普段はホワホワなのにサッカーが絡むとどうしていちいちこんなにかっこいいのか…
  • 2頭が安楽死、福永祐一は鎖骨骨折…香港スプリントの“落馬事故”はなぜ起きたのか? “わずか1秒半”の悲劇で、避けるのは不可能(島田明宏)

    12月12日に香港シャティン競馬場で行われた香港スプリント(芝1200m、3歳以上GI、12頭立て)で、4頭が落馬する事故が起きた。残念なことに、香港の2頭(アメージングスター、ナブーアタック)が予後不良(救命不能と診断され、安楽死処置)となり、日のピクシーナイトも骨折。落馬した4人の騎手のうち3人が病院に搬送され、福永祐一が鎖骨を骨折したことが判明した。 2頭が天に召されたことは悲しいが、福永を含め負傷した3人の騎手は事故発生直後から意識がはっきりしており、致命傷にならなかったことは不幸中の幸いだった。 突如発生した“アクシデント”の真相 アクシデントは、各馬がスパートをかけようとする4コーナーで発生した。 まず、3番手の外目を走っていたライル・ヒューイットソンのアメージングスターが前脚に突如故障を発生したと思われ、支えを失って転倒した。直後にいたザカリー・パートンのラッキーパッチが横

    2頭が安楽死、福永祐一は鎖骨骨折…香港スプリントの“落馬事故”はなぜ起きたのか? “わずか1秒半”の悲劇で、避けるのは不可能(島田明宏)
  • 「家事は女性がやるもの…だった」Jリーガー大久保嘉人39歳の価値観が激変…9歳の三男と“大阪2人暮らし”で「得意料理は魚の煮付けです」(栗原正夫)

    今季限りでの現役引退が決まっているセレッソ大阪の元日本代表FW大久保嘉人。J1で挙げた191点が歴代最多ならば、もらったイエローカード104枚も歴代最多である。 若かりし頃には試合中に暴言を吐いたり、危険なプレーも厭わず、退場処分を受けたことも少なくなかった。退場は12回で、ドラガン・ストイコビッチ(元名古屋グランパス/13回)に次ぐワースト2位に名を連ねている。 闘争心溢れるプレーで多くのゴールを生み出した一方で、ときに不要なカードでゲームを壊してしまったこともあった。それが引退に際し大久保が「最も批判され最も愛された選手」と称される所以でもある。

    「家事は女性がやるもの…だった」Jリーガー大久保嘉人39歳の価値観が激変…9歳の三男と“大阪2人暮らし”で「得意料理は魚の煮付けです」(栗原正夫)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2021/12/05
    息子さんの笑顔が父とそっくり、というかそのままである。/大久保の家族エピソードは、奥さんが病気治療で髪がなくなったときに、息子たち全員と一緒に坊主にしたやつがらしくて好き。/タチウオ上品で美味しいよ!
  • 「高卒4年目の村上があんなことしていたら、90年代だったら怒られるよ」高津臣吾監督(53歳)がヤクルトで変えた“野球界の常識”(生島淳)

    「高い身体能力を持っている塩見(泰隆)が、ようやく1番打者に固定できるようになったし、オスナ、サンタナのふたりが4月のいい時期に合流できて、相手に圧力をかけられるようになった。それに、4番のムネ(村上宗隆)がよくボールを見極められる。外国人ふたり、それに村上といった中心打者が我慢強ければ、それはチーム全体にいい意味で伝染していく。得点力が上がったのは、地味にそのあたりも大きいんじゃないかな」 たしかに、日シリーズひとつとってみても、6試合を戦って、ヤクルトは21個の四球を選んだのに対し、オリックスは15個。投手の制球力に起因するところもあるが、ヤクルトの打者はシーズンを通して“patient”=打席で粘り強さを発揮したことは間違いない。 巨人、阪神のダグアウトとは対照的だった 選手たちは、ある意味で「同期」していたように思う。 打線全体としてストライクとボールの見極めをしっかりと行い、フ

    「高卒4年目の村上があんなことしていたら、90年代だったら怒られるよ」高津臣吾監督(53歳)がヤクルトで変えた“野球界の常識”(生島淳)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2021/12/03
    村上くん、初々しさが残りつつ肝も座ってる感じでかわいいよなぁ。
  • オシムが語った東京五輪U-24日本代表の論点「日本もスペインと同じものを持っている。だが残念なことに、いく人かの選手が…」(田村修一)

    東京五輪男子サッカー準決勝、日スペイン戦をオシムが語るインタビューの後編である。 日の攻撃のコレクティビティの欠如をオシムは厳しく批判したが、日のパフォーマンスの総体、さらにはここに至るまでの進化についてはポジティブに評価している。それはこのインタビュー後編から読み取れる。 では、彼が言おうとしたものは何であるのか。 そこを考えることから、日サッカーの次なる進歩が始まる。その意味では、オシムとの議論をもっともっと深めていく必要があるように思う。(全2回の2回目/#1から続く) 「まあ聞け。君らは日の選手たちを祝福できる。少なくとも彼らはプレーができることを証明して見せた。コンビネーションも決して悪いわけではなかった。いいものはいくつも見えた。 ただ、忘れてならないのは、サッカーは負けないことではないし、とりわけ簡単にボールを失うことではない。彼らは素晴らしいコンビネーションを試

    オシムが語った東京五輪U-24日本代表の論点「日本もスペインと同じものを持っている。だが残念なことに、いく人かの選手が…」(田村修一)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2021/08/07
    日本サッカーはオシムの時代より強くなったけど、強くなるたびにまたオシムの言葉を思い出す。こうして新しくくれる言葉もまたありがたいし、何より元気でいてくれてることが分かって嬉しい。
  • 予選敗退の瀬戸大也はどこで“間違った”のか 追い抜かれたとき「自分は追いかけなくていいやと思っていました」(松原孝臣)

    茫然とした表情と言葉がすべてを物語っていた。 「ちょっと信じられません」 7月24日、競泳男子400m個人メドレー予選に出場した瀬戸大也は4分10秒52でゴールし、全体で9位。決勝に進める8人に入ることができず、この種目は予選敗退に終わった。 バタフライを55秒07のトップでターンし、続く背泳ぎでも1位で折り返す。3つ目は得意の平泳ぎ。ここでリードを広げて最後の自由形へ。 だが自由形では最後の50mで4人に抜かれ、この組の5位。全体でも9位にとどまった。4分10秒52と自己記録から4秒あまり遅いタイムに終わった。立ち上がりからの一連の泳ぎは調子のよさを思わせたし、最後の失速は思いがけない出来事のようだった。 「読み、めちゃくちゃ間違えました」 瀬戸がこう語る理由は、決勝を見据えた戦略にあった。 目標タイムは「4分11秒0くらいでした」 「何番でもよいので、明日(25日の決勝で)、ベストパフ

    予選敗退の瀬戸大也はどこで“間違った”のか 追い抜かれたとき「自分は追いかけなくていいやと思っていました」(松原孝臣)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2021/07/26
    見てる方も「え?え?」って感じだった。今回競泳が全体的に速くて、予選からレコード出たりしてる。とはいえ予選がんばった入江選手は準決勝でタイム落として決勝のこれなかったし、調整が難しめ。
  • 【前田遼一引退】“谷間の世代”と呼ばれて…あえて「暁星→ジュビロ」を選んだ“不器用な男”の21年間(寺野典子)

    「谷間の世代は粘っこい」 かつて阿部勇樹がこう語っていたことがあったが、そんな“谷間の世代”でまたひとり、現役引退が発表された。昨年末でFC岐阜との契約が満了していた前田遼一だ。 世界大会はワールドユース出場のみ。2004年のアテネオリンピックも、2010年の南アフリカ大会も2014年のブラジル大会もワールドカップには出場していない。日本代表では33試合出場し10得点とあまり縁がなかったとも言える。 高い技術力と戦術眼、サッカーセンスが前田遼一の持ち味だ。そして、黒子になることもいとわない献身性が彼の美徳だった。だからストライカーとしては地味な存在かもしれない。それでも、J1通算154得点は歴代5位(現在3位タイの中山雅史・興梠慎三には3点足りなかった)。 ちなみに1位の大久保嘉人、2位の佐藤寿人と前田を含め、トップ5には3人の谷間の世代が君臨している。 名門暁星→慶應ではなく、名門「ジュ

    【前田遼一引退】“谷間の世代”と呼ばれて…あえて「暁星→ジュビロ」を選んだ“不器用な男”の21年間(寺野典子)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2021/01/17
    え、まじか…地味だよねぇ。そこが良かった。
  • 「他のベテラン選手はどうしている?」オシムが日本でずっと気になっていた“あの選手”とは(田村修一)

    イビチャ・オシムとは定期的に連絡を取り続けている。ここに掲載するのは、11月1日の電話による直近の会話である。 前編では中村憲剛の引退について語ったオシムだったが、話題は現在オーストリア(グラーツ)で2試合をおこなう日本代表への期待、そして自身の近況へと移っていった――。(#1から続く/全2回) ◆◆◆ オーストリア代表に見た「2つの成功」 オシム ここ(オーストリア・グラーツ)でどんな相手と試合をするのか教えてくれ。 ――メキシコとパナマです。 オシム スタジアムは? ――シュトルムのスタジアムだと思います。 オシム そうか。私も見に行ける。いい試合になるだろう。一緒に見れるといいが。 ――そうですね。 オシム 日がどのぐらい進歩したかを見ることができる。メキシコは優れたチームで、日の実力を測るには最適だ。技術的に優れたとてもシリアスなチームだ。 私は他のいくつかの試合にも期待してい

    「他のベテラン選手はどうしている?」オシムが日本でずっと気になっていた“あの選手”とは(田村修一)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2020/11/13
    憲剛好きな人はヤットも好き仮説(n=1がこの記事で2になった)
  • 引退発表当日…オシムが語った“サッカー選手・中村憲剛”「できることなら撤回してほしい」(田村修一)

    イビチャ・オシムとは定期的に連絡を取り続けている。ここに掲載するのは、11月1日の電話による直近の会話である。 この日は、オシムが日本代表メンバーとしても信頼を置いていた中村憲剛選手が引退を発表した日。オシムが語った“プロサッカー選手・中村憲剛”とは――?(#2に続く/全2回) ◆◆◆ 中村憲剛の引退は「サッカーにとって大きな損失だ」 ――元気ですか? オシム ああ、元気だ。いったい何があったのか? ――中村憲剛が今季限りの引退を発表しました。 オシム 憲剛はまだプレーしていたのか。引退するなら彼のために何か別のスポーツを探してやるべきだ(笑)。日サッカーにとって大きな損失だ。彼自身にとってもサッカーにとっても残念なことだ。彼はピッチの上で常に的確なプレーを実践し、オーラを発揮し続けた。当に優れた選手でスターとしての人生を歩んだ。そうした選手が表舞台から去るのはとても残念だ。だが、人生

    引退発表当日…オシムが語った“サッカー選手・中村憲剛”「できることなら撤回してほしい」(田村修一)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2020/11/13
    大好きだな?!言ってることには片っ端から同意。我那覇は今どうしてるのか知らないなあ。/オシムが元気そうで良かった。相変わらず生き生きとサッカーを語る人だ。
  • オシム、コロナ禍の欧州から魂の言葉。「私はまだ働きたい。ジェフの……」(田村修一)

    オーストリアのクラブ、シュトルム・グラーツには今もオシム伝説が残る。グラーツの観客席の垂れ幕には今もオシムの顔と名前が……。 イビチャ・オシムと電話で話したのは先月のこと。ヨーロッパではコロナウィルスの影響が深刻化し、すでに各国が非常事態を宣言して日常生活に大きな制約を加えていた時期ではあったが、日にはまだそこまでの危機意識がなかったころだった。それから時間がたち、日の状況も大きく変化した。 オシムはこの新型コロナウイルスによる社会をどう捉えていたのか――タイムラグを経てもなお心に直接響いてくる彼の言葉に耳を傾けよう。 「今はこちらの方が日よりも深刻だ」 ――元気ですか? 「ああ、君らはどうだ。いろいろ問題があって、あらゆる活動が停滞している」 ――その通りです。 「問題は当に多い。こちらは移民も多く、人が移動するからなおさらだ。避けるための手段が多くあるわけではない。危機は徐々に

    オシム、コロナ禍の欧州から魂の言葉。「私はまだ働きたい。ジェフの……」(田村修一)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2020/04/22
    体調心配だけど、出てくる言葉はあいかわらず厳しく温かいな
  • 川口能活×楢崎正剛「未来のGKへ」レジェンド守護神対談完全版・後編(松本宣昭)

    川口能活と楢崎正剛による対談が実現したのは、2015年2月。前年のブラジルW杯では、ザックジャパンがグループリーグで敗退し、1月のアジアカップでは、アギーレジャパンが準々決勝で姿を消した後の時期だった。 日を代表する2人の守護神による対談の完全版。前編に続いて後編では、ベテランとなり、自身が離れた日本代表への思い、そして未来のGKたちへのメッセージをお届けします。 南アの正剛は当に立派だった。 ――'10年南アフリカW杯は、日のW杯史上初めて2人とも試合出場がありませんでした。 川口 あの大会の正剛は、当に立派だったと思います。大会前、僕は正剛が守るものだと思っていましたから。そこで岡田(武史)さんが先発から外す決断をしたけど、正剛の振る舞いは素晴らしかったし、僕も見ていて心を打たれました。もし自分が同じような状況になって、同じように振る舞えるかと考えたら、わからない。 楢崎 もち

    川口能活×楢崎正剛「未来のGKへ」レジェンド守護神対談完全版・後編(松本宣昭)
  • 川口能活×楢崎正剛「好敵手として」レジェンド守護神対談完全版・前編(松本宣昭)

    2018年12月2日、現役引退セレモニーを終え、ギオンスタジアムを1周する川口能活の姿を見つめる楢崎正剛に声をかけた。あらためて、約4年前の取材のお礼を伝えると、少し照れたような、柔らかい笑顔でこう返された。 「最初で最後でしたもんね」 2015年2月、雑誌では史上初めて、川口と楢崎による対談が実現した。その模様は、Number874号の誌面に掲載したが、ページ数の都合上、掲載しきれなかった会話もたくさん残っていた。 だから、当時からずっと思っていた。 日を代表する守護神と守護神の対話を、自分のパソコンの中だけに閉じ込めておくのは、あまりにももったいない――。 そこで、おふたりの許可を得て、当時の未公開部分を含む「川口能活・楢崎正剛対談」の完全版を公開することにしました。川口がスパイクを脱ぎ、グローブを外した今、多くのみなさんに、2人の「GKとしての矜持」が伝われば幸いです。 俺たちの関

    川口能活×楢崎正剛「好敵手として」レジェンド守護神対談完全版・前編(松本宣昭)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2019/01/07
    大好きな二人だ!ありがとう大切に読む/もう読んでしまった。入れ替え戦のときの川口は確かに見たことないくらいパツパツだった。記憶に残るいい試合だったなあ
  • もし川口能活が登場しなかったら。日本サッカーを変えた男の引退。(戸塚啓)

    サッカーの潮流を変えた男が、今シーズン限りでキャリアに幕を降ろすこととなった。日本代表として4度のワールドカップに出場した川口能活が、11月4日に現役引退を発表したのである。 プレーは革新的だった。 GKに対する理解がいまよりもっと乏しかったJリーグ黎明期に、川口はそれまで知られていなかったこのポジションの質を提示していった。GKはシュートストップだけでなくポジショニングやコーチングが大事であり、空中を舞うセービングはあくまでも最終手段に過ぎないといったことを、ひとつひとつのプレーを通して啓蒙していったのである。 攻撃の起点となるプレーも、つねに意識していた。キックの精度は抜群で、日本代表では中田英寿と、横浜F・マリノスでは中村俊輔とのイメージの共有は印象深い。フィールドプレーヤーとしての感覚に優れ、素早い攻守の切り替えを実現した。 フォトジェニックでもあった。フィールドプレーヤーに

    もし川口能活が登場しなかったら。日本サッカーを変えた男の引退。(戸塚啓)
    kurotsuraherasagi
    kurotsuraherasagi 2018/11/15
    トップ写真の笑顔が素敵だなあ。昔はピッチの上だと怖い表情かギラついた表情が多かった印象だから